リフレ派はてっきり、リフレ政策に反対しているのは経済への介入を嫌う勢力だと思ってきたようだ。
確かにイケノブ・池尾や小幡績のようなあごらー、あるいは経済学に基づいて反論を組み立てる人たちは経済への介入のリスク・問題点を論じてきた。
しかし、世の中の大半の反リフレの人たちは、政治信条の立場からリフレ政策に反対であったのだ。
つまり、リフレのような金融政策で経済が安定化されてしまうと、政府の介入余地が小さくなってしまう。公共事業の拡大を推すことが難しくなり、またそれは大きな政府を目指す者にも障害となる危険性があった。
世の大半はその手の公共事業拡大・大きな政府の達成といった政治的立場からリフレ政策に反対していたということを見抜けずに、経済学の上で決着をつけようとしてしまったのがリフレ派の勘違いであり失敗である。
社会全体の厚生よりも、自分への分け前が大切であるという人のほうが多い、そんな当たり前のことに気付けなかったリフレ派に先はない。
昨今の公共事業拡大の波の中で、それが如実にあらわれてきただけだ。