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2007-06-20

例の懲戒請求

http://anond.hatelabo.jp/20070620014455

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007061901000505.html

詳細な事実関係を確認できない第三者が懲戒請求を乱発しているっていうのもヘンな話だけど、その懲戒請求に対して「被告が弁護を受ける権利を否定する言動に抗議し、直ちに中止を求める!」とか「基本的人権を守る弁護士への攻撃だ!」とか、いろいろとヘンな緊急アピールを発しているというニュースを見たとき、「弁護士って法律を知らない一般人(ド素人)から、自分たちの世界のことに口を突っ込まれるのがイヤなんろうな??」と感じた。

ナベツネ風に書けば「たかが一般国民が俺たちの世界に顔突っ込んでくるな、この無知で無礼な愚民どもが!」かな?

わかるわかる、この弁護士たちの気持ち! 俺も専門家の端くれとして、一般人(=ド素人)から自分の仕事業界について口を出されるのって、正直ウザいし、そもそも一般人の無責任かつ短絡的な発言ってほぼ全て論点がズレズレだし。

でも、たとえ言いがかりに近い内容でも、批判めいたことを指摘されている最中に公然と口や行動に出してしまうようでは専門家として失格だと思う。

専門家側がムキになって反論すれば、火に油を注ぐだけだし、ただ叩いてみたいだけの素人の思う壺だし。

なぜ一般人から専門家である自分が批判されているのかを冷静に分析できないと、専門家である自分を信じて仕事を任せてくれている一般人からの期待を裏切る(=そして仕事も信用も失う)ことになるし、自分の専門家としての成長もそこでストップしちゃうと思う。

専門家が怖いのは、他の専門家から自分の仕事内容をチェックされること。お互い専門家なので、仕事の成果を見れば相手の能力がスグに判っちゃう。

この専門家同士のチェックが正常に働いていれば良いんだけど、概して専門家はお互い同じ苦楽を共にしている仲間として、他の専門家の行為に対して批判することに躊躇を感じてしまうもの。もちろん躊躇を感じたとしても、客のために客観的な現状分析と解決策を提示するのが専門家としての使命だし、それができなきゃ客を取ってこれないないんだけど。

でも各種規制に守られた護送船団方式業界だと、業界自体がギルド化しちゃって、客を奪いたいという意識よりも、外部の批判から団結して自分たちの世界を守りたいという意識が勝っちゃうのかな?

そんな不遜な態度で一般人と接していると、その業界常識は一般人の常識からどんどん遊離し、最後には一般人からの共感性や支持を失って捨てられちゃう。

なんか独裁者共産主義の末路を連想しちゃったけど、始まったときは素晴らしい理想を抱いており、また彼らは市井愚民よりはるかに優秀だし力を持っていたとしても、あまりにも遊離すると支持を失って足元から体制が崩れちゃう、と。

ちなみにこういった勢力が権力を維持する手段は恫喝と監視と弾圧。なんか某緊急アピールと、それを支持するBlog群を連想しちゃった。

弁護士弁護士会って外部からの干渉からその崇高な理想と使命を守るため、国や外部機関から監督されることなく自律的に活動することが保障されているけど、「絶対的権力は腐敗する」との言葉どおり、外部機関からの厳しい監査に晒されることのない弁護士業界は、お互いの傷の舐めあいのために自浄機能が働かず、腐敗が進みやすいのかな、と思った

2007-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20070619004435

2chは無くならないだろ、もし無くなったとしても代替するような掲示板が必ずできるはず。

それより2chの悪質な書き込みやらなんやらより2chから派生する文化みたいなもののが気持ち悪いな。

vipとか。

ああいう独特のノリや文章って普通に世間に浸透してるでしょ、あれ相当気持ち悪いと思う。日本終わるよまじで。

2007-06-18

anond:20070618162423

素晴らしい考えだ。

Yet Another 池田信夫 Blog(略してYA池B)を立ち上げて、本意を変えず

万人に読みやすい文体で文章を書いてみる、というのも悪くない。

2007-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20070617161814

純粋利益が最大になるような方法(論理的な解)が人間感情的な方針とは相容れないことは多いよね。けれど、だからといってその論理ダメっていうわけじゃなくて、その方法に至る道が感情に邪魔されてるというだけだよね。

ところで感情っていうのは独りでに湧いてくるようなものじゃなくて(そんなのがいたら、それこそ神だ)、何らかの影響によって生まれてくるものだから、原因があるし、それを取り去ってやればその感情も失せる(変化する)よね。そうなれば理論実践が可能なはず。ただ、土壇場でこんなこと考えられないから(少なくとも私は無理)、あらかじめ考えておく必要があるだろうけれど。

そういうわけで、とある理論があってそれを実践するのなら、その理論を妨害するだろう感情を考慮して、その原因を考えて、取り除くか逸らしてやればいいことになるよね。完全には無理だろうけれど、どこかに妥協点を見つけることは出来るはず。更に、原因を取り除くか逸らすためにまた考えて、妨害する感情を考慮して……と繰り返す。

例えば(あくまで例えば。感情なんて人それぞれだし、例が汎用的っていうのはなかなか無いと思う)、共同作業か何かを円滑に進めるために仲良くしなくちゃいけないのに、憎んでる相手がいる。何故憎んでるかというと昔嫌がらせを受けたから。ならば、過去を捨てるか、親しみを持つような、そんな何かをすればいい。過去を捨てるのはちょっと厳しいから無視すると、親しみを持つためには、いろいろあるだろうけど、例えば、相手の良いところを知り、また相手の悩みや苦しみを知り、そうして相手が自分と同じように感情に振り回されてるだけの哀れな人間に過ぎないことを知ればいい。けれど、憎んでる相手の良いところを見るなんてこと自体がそもそも難しい。だから、その相手とある程度親しい、別に憎んでいない人とまずは親しくなって、間接的に相手を知る。これは何とかなりそうだよね(たぶん、自然にこの手順を踏んだ人も多いんじゃないかな)。

 
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