2018-03-06

他人努力を笑う人

自分は「他人努力を笑わない人」側の善良な人間だと、心のどこかでそう自認していた。

良い意味でも悪い意味でも、自他共に認めるクソ真面目な人間である自分は、自分意思大学も進路も選択して自分だけの人生を生きてきたつもりでいた。

から、どちらかと言えば「努力をしている人間」が好きだし、慎重な人生観を持っている人と上手くやっていける傾向がある。逆に、天才型の人間とは反りが合わない。

理想人間像としては坂口安吾とか哲学者カールヤスパースとかルソーみたいに子どもの頃から大きい悲しみを背負っており、そこから這い上がろうと足掻いて、ようやくまともな人間になれる人。だから一言で言えば、努力家が好きなんだと思ってた。

でも、この基準は間違えていることに気付いてすごくショックだった。イヤ、間違えてはいないのだろうけど大きな思い違いだったのかなって気付いて悩んでる。

なぜなら、自分はただ純粋に、その人の悲しみの総量で好悪の判断をしているから。普通の人が嫌いなだけだった。

他人努力を笑わない人」に憧れてるなんて言い方は都合が良くて、本当のところは「自分と同じように苦しみに喘ぎながら努力している人」しか認められないんだって

なんだよ~ただのルサンチマンじゃないかよ~

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