2015-02-26

伝書少女

私の住む街には伝書少女がいる。

伝書少女とはその名の通り、伝書鳩のように

メッセージを運んで回る少女のことだ。


朝に新聞配達をするところから彼女の一日は始まる。

ただ彼女はまだ難しい漢字が読めない。

からたまに取っていない新聞が間違って届くことがあるが、

そうした勘違いは微笑ましいものとして街の人間は許してしまう。 

産経新聞を取っているはずの家に赤旗が届いたとしても

その家の人間は「あの子はあの子なりに一生懸命なんだから」と思い、

敵対する政治的立場の人物のメッセージに目を通すのだ。


そして午前と午後に、彼女は様々なものを伝達する。

それは伝言板であり、あるいは詫び状であったり

隣の家に住む自分の子供とその奥さんに渡すスープであったり、

作り過ぎて余らせてしまった煮物であったり

小学校裏で拾って学校に返すことにしたソフトボールであったり

自分で返しに行くのが面倒な本や DVD であったりする。

彼女無償で働いていることに感心する人々は、

伝言板と一緒に食パンの耳を渡したり、

スープが冷めていないか実際にスプーンを渡して確かめてもらったり、

煮物を味見してもらったり DVD と一緒に千円札を手に渡したりする。

それで彼女は生計を立てている。


彼女がまだ幼い頃に捨てられて学校にも通えなかった頃に

見るに見かねた私塾講師彼女に文字の読み方や

道路標識意味料理さしすせそとは何かなどを教えていた時に、

一行の詩を説明してあげたことが全ての始まりだった。

講師は「この本なら彼女にも読むのに苦痛ではないだろう」と

ルナールの『博物誌』を渡したのだが、その中の

「蝶」に対する説明に心を奪われてしまったのだ。


「二つ折りの恋文が、花の番地を捜している」


彼女は花の番地を探している恋文に、早くどこに行けばいいのか

それを三日三晩知恵熱が出るまで考えるようになった。

それが長じて伝書少女となった。

優れた文学人間の一生を左右するのだ。

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