はてなキーワード: マラリヤとは
私は、これでも何かを嫌ったり憎んだりすることが苦手な人間だ。そりゃあ、確かに厭うことはある。煩わしいことは勘弁願いたい。
けれども、憎悪とも呼べるような強い感情で何かを嫌ったり憎んだりすることは少なかった。一番上の姉を、一時期恨んでいたくらいだった。
だがしかし、蚊、てめえだけは違う。
なにが理由で、こんな秋も深まった物静かな深夜の読書を邪魔されなければならんのだ。
死ねよ。存在が目障りなんだよ。どうして死角から耳元へ接近して来るんだ。
生物の進化は、その多様性によって生命を存続させることを目的としているのかもしれない。
あるいは、昆虫の生命活動の中には、蜘蛛の糸のように思いもしないような使われ方を期待されるものもあることだろう。
蚊にしたって、その口の形状を研究することによって、注射針の形を痛くないよう改良させたり、蚊ではないが血を吸う昆虫を使って動物の血液を簡単に採取できることもあるだろう。
でも、それでも、蚊、お前だけは駄目だ。
存在を許してはならん。今すぐ滅殺されるべきだよ。根絶されるべきなんだ。そうすれば、マラリヤだって少なくなる。伝染病の拡大が、わずかばかりでも収まるかもしれないのだから。
そして何よりも、心静かな読書時間を邪魔した罪は万死に値する。否、臆死でも足りない。兆死。京死。その他諸々の単位を用いた造語にいたるまで、貴様は殺戮されるべきである。
死ね!
……あー、すっきりした。
きのう、注目エントリーから見つけたhttp://d.hatena.ne.jp/Uruchi/20090227/p1にコメントをした。
すぐに主の返答があったのだが、これがなんとも不思議である。以下がそのやり取りだ。
- 2009/02/27 20:53 一生懸命になっても咲けない花があり、頑張っても咲かない花があるのは個性があるゆえです。
咲いた結果きれいでない花もあるでしょう。咲かせることにだけ注力すればよい、
頑張って咲いた花はどれもきれいだ(どれも、だって! そんな馬鹿な。きれいというのが美のヒエラルキーの上のほうを指す以上、
どれもがきれいであるわけがない)というあの曲こそ「個性」のバリエーションを見ることができていないと思いますが。
>ひとりひとりの個性に価値があるのではなく、ひとりひとりに個性が存在しているということに価値があるのです。
でしょうね。むろん、その中には遺伝病のような「マイナスの価値」もあるのですが。
Uruchi 2009/02/27 22:18 コメントありがとうございます。
おそらく「花」「咲く」という比喩表現の部分を細かく突っ込んでいっても得られるものは少ないでしょう。
それから、遺伝病がマイナスの価値というのは、優生学の考えですよね。私は優生学は間違った思想だと思っています。
いちいち反論するのもバカらしい思想です。
「遺伝病がマイナスの価値というのは、優生学の考え」? なぜそうなるのだろう。不思議だ。さっそく再コメント。
- 2009/02/28 09:53 比喩表現の部分を細かく突っ込んだのは、そういう比喩で語られた曲の話をしていたからなんですが。
得られるものが少ないのなら、なぜそんな話をしたのでしょう?
ははは、そんなバカな。遺伝によって伝わる病気、というのが遺伝病です。病気というのは
「肉体の生理的なはたらき、あるいは精神のはたらきに異常が起こり、不快や苦痛・悩みを感じ、通常の生活を営みにくくなる状態」のことですよ。
不快だの苦痛だの悩みだの「生活を営みにくくなる」だのがマイナスなのは当たり前じゃないですか。
プラマイゼロだとか、むしろプラスだ、とかいうものならそもそも「病気」だと誰も言いませんよ。これがなぜ優生学の考えだ、となるのですか?
わたしは「遺伝病がマイナスの性質のものである」というのをはっきりとした論拠を出して論じました。簡単で結構ですので、
「遺伝病がマイナスの価値というのは、優生学の考え」という論拠をお聞かせ願えますか?
どちらの言が「反論するのもバカらしい思想」なのかわかりやすいようにね。
マイナスだからこそ「病気」なのであり、「病気」はマイナスに決まっている。優生学というのは「社会的介入により人間の遺伝形質の改良を提唱する社会哲学である」そうだが、
これはつまり「で、マイナスについてどうするか」の話だろう(勉強したわけではないのでよくは分からんが)。病気がマイナスかどうか、は優生学以前のレベルの話としか思えない。
とはいえ、もし本当に「遺伝病がマイナスの価値というのは、優生学の考え」なら、わたしの考えは間違っていることになる。そうなれば考えを改めるのにやぶさかではない。
さて、どのような根拠が見られるのか。
が、結局わたしは根拠を見ることができなかった。なぜか。今日、該当エントリのコメント欄にはこうあったからである。
なまえ 2009/02/28 10:43 遺伝子病が人類を救う可能性だってあるんだぜ?
Uruchi 2009/02/28 11:12 ひどいコメントがあったので削除しました。
なまえさん、ありがとうございました。
存在するコメントは、この2つのみ。どうやら私のコメントは「ひどいコメント」なので消したようなのである。いやはや。
とりあえず、再々コメント。
人類を救う可能性があるのは(この場合)マラリヤ耐性を生みうる「遺伝子の変異性」であって、「常時発症しているのでたいていは成人前に死亡する」ような
「変異性が裏目に出た状態=遺伝子『病』」ではありません。「変異」の中の「良くないもの」が「遺伝子病」なのです。赤血球の形状がいくら豊かに変わろうと、
それによる「悪いこと」が無いのなら「赤血球症」とは呼ばれないことに気をつけてください。
ある条件において劣っていると見なされるものは、別の条件では劣っているとは言えない。
例えばマラリア病原虫や結核菌に対する抵抗を示す遺伝子は、ヘテロ接合型である場合には病気に対する抵抗性を持つ働きをするが、
「常時発症しているのでたいていは成人前に死亡する」という「ホモ接合型である場合の『鎌状赤血球症』」を、「劣っている」と呼ぶべきかは議論があるだろう。
だが、マイナスのものである、というのはごく当たり前の話ではないか。それは優生学がどうとかいう話ではまったくないのだ。
昨日と違って、このエントリへのコメントは承認制になっている。さて、私のコメントは承認されるか、否か。
(追記)ところで、辞書では「個性」の意味としてこうある。「個人・個物を他の人・物から区別しうるような、固有の特性。パーソナリティー」。
個性とは文字通り「個の性」なのであり、そこにいいものなのか悪いものなのかという判断はない。いちがいに「個性を礼賛」するのがバカらしいのは当たり前である。
礼賛するべきような個性は、ふつう「長所(他のものよりも内容・程度・技量などが上である点)」という。
「個性」と「長所」や「短所」をごっちゃにして話をするのは無駄なことだ。
(追記2)ブックマークコメント: REV「遺伝子のバリエーションの中で、現代社会にとってマイナスの価値を持つものを『遺伝病と呼ぶ』」という文章は
辞書に「遺伝病」が「遺伝によって次代に伝わる疾患(=病気)」とあり、「病気」の意味が上記の通りになるんだから、「遺伝病はマイナスだ」と言っているだけなので、
別段特別な定義をしているのではないよ。というか、定義してるのはほとんど辞書の中の人だからなあ。おかしいと思ったら三省堂に言ってみるといいかもね。
それに「遺伝子のバリエーションの中で、現代社会にとってマイナスの価値を持つものを『遺伝病と呼ぶ』」と書いたつもりはないなあ。
たとえば「太りやすい」とか「汗っかき」というのを遺伝病とは言わないから。
氷は水を冷やしたものだからもちろん冷たいけれど、水が冷たければ氷である、ということではない…みたいなものかな?
元増田です。
酔って書いたので、ちょっと過激な書き方になってすまんかった。
でも本当に彼らは農薬使うぐらいなら感染症が広がるぐらいどうとも思ってないんだって。
北米にウエストナイル熱が上陸したときも、反対にあって空中散布ができなかった。
そのせいで、ウエストナイル熱は北米に広がり、年間数百人が北米で死んでる。
http://home.e06.itscom.net/chemiweb/ladybugs/kiji/t14101.htm
6月2日付けの読売新聞に衝撃的な記事が載りました。厚労省が西ナイル熱対策として蚊駆除を徹底するというガイドラインを策定したというのです。患者発生時やカラスなどからウイルスを検出時は、まず10キロ四方を目安として下水管や木の茂みなどに殺虫剤を撒き成虫を駆除。空中散布も検討するというものです。
この指針を6月13日までに都道府県に配布するということだったので、化学物質過敏症患者や、生活環境での殺虫剤の規制を求めている団体などが仰天して、直ちに情報収集に当たり、賛同団体を集めて厚労省に要望することにしました。
実際に年間数百人単位で死ぬ危険性のある西ウエストナイル熱よりも、実際に死んだ人はいない化学物質過敏症患者のほうが優先されるらしい。
殺虫剤を練りこんだ蚊帳の、アフリカでの普及活動でさえ反対する。
http://www.kokumin-kaigi.org/kokumin03_51_03.html
日本政府は、合成ピレスロイドのペルメトリンを練りこんだポリエチレン繊維で蚊帳を作った住友化学の提案に乗って、ユニセフの「マラリヤ撲滅作戦」の一環として、アフリカでこの蚊帳の普及に乗り出しているが、ペルメトリンは、乳幼児の脳の発達を阻害する可能性があると、富山医科薬科大の津田らによって報告された論文7)を引用して、黒田洋一郎氏は警告している。蚊帳に付けられている「触れたら、手を洗うように!」という注意書きはアフリカの現実の中で意味をなさない。農薬入りでない普通の蚊帳の普及にこそ、日本の国際協力の予算が用いられるべきであり、農薬汚染の輸入食品による中毒の再発を防ぐためには、日本の食糧自給率を上げると共に、中国を含めたアジア・アフリカなどの諸国に、農薬に依存しない有機農業の普及という面で、日本の国際協力が行われるべきであろう8)。
論文も読んでみたけど、こんなエビデンスレベルの低い研究に拠って不確実なリスクを削減するよりも、マラリアのリスクを削減するほうがどう考えても優先されるだろう。