桃から子供が生まれる可能性を示唆。
桃が流れる擬音語をドンブラコと制定。
吉備団子からはじまる恋愛があってもいい。
「おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に」
おじいさんの描写はこの場面に必要なのかどうか?という疑問。
もしも映画を撮るとしたら、
おじいさんが芝刈りに出かけるシーンを挟んでから
おばあさんが川へ洗濯に行くシーンへとつながるわけだけど
話は桃がドンブラコと流れてくることで進むわけである。
だからおじいいさんのシーンは不要。
絶対に編集で切られて、のちにディレクターズカットで復活する。
オーディオコメで監督がおじいさんのシーンをカットしたプロデューサーをディスる。
Permalink | 記事への反応(1) | 08:40
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