「百獣の王になりたいんだ。」
そういって外に飛び出していった息子が、40年後ライオンとなって帰ってきた。
突飛な夢を語っては私たち家族を驚かせていたのがまるで昨日のことのように思い出せるのに、
あの頃よりずいぶんと逞しく、すっかり一家の大黒柱といった面構えが定着している。
ライオンになること。
当時10にも満たないこんな田舎の子供が言うのだ。図鑑か何かで見たのだろうあの獣を。
ただ、文字通りのライオンになることは叶わないことを、大人が思うよりずっと早くに悟っていた。
だから事業を起こして資格を得て、会員となり、人間にもなることが可能なライオンとなった。
ライオンは自分の息子たちを専門学校に通わせ、取引先で修行させたのち社員として雇った。
息子たちは一人前となり、世帯をもち、地域の需要にこたえながら事業所を盛り立てた。
還暦も過ぎ、隠居生活を送るライオンは、日がな何かを紙に書きつけていて、
すっかり耳が遠くなりうまく会話もできないが、紙の中、文字の海ではとても雄弁だ。
ライオンはライオンという肩書きを得る前までの人生を、今でもたいへんに誇っている。
彼にとって百獣の王とはどういうことだったのだろう。