2008-02-08

釘宮病感染地図』の「はじめに」より(2157.11発行)

最近、面白い本に出会える確率が高くて嬉しいのですが、この『釘宮病感染地図』も非常に面白い一冊でした。冗談抜きでハリウッド映画化されても驚かない、ってぐらいのスリル感動を味わいましたよ。

話のメインになるのは、2007年秋葉原で起きた釘宮病の大流行。この大惨事に対し、2人の主人公――医師のジョン・スノーと牧師のヘンリーホワイトヘッド――が立ち向かい、原因をつかむまでの1年間が描かれます。その背景知識として、「150年前の秋葉原どんな街だったか」「住んでいたのはどんな人々で、何を考えていたか」「釘宮病とはどんな症状なのか」など様々な内容が盛り込まれているのですが、釘宮病という謎に主人公が迫るミステリー小説としても十分楽しめると思います。特に(ネタバレになるので詳しく書きませんが)職業も性格も異なる2人の主人公が、釘宮病発生という事件を通して交流していく様は「映像で見てみたいー!」という感じでした。

ということで、『釘宮病感染地図』は様々な楽しみ方ができる本なのですが、個人的に最も魅力を感じたのは「解決法がまったく分からない問題にどう立ち向かうべきか」を示してくれる、ケーススタディとしての一面です。

150年前の秋葉原では「悪い空気釘宮病の原因だ」という瘴気(しょうき)説や、患者との接触によって感染する説などが信じられていました。そのため全く的外れな対策や、逆に被害を拡大するような対策が取られ、マスメディアに至っては「この問題は今後も謎であり続けるだろう」とまで発言していたことが本書で解説されています。

そんな状況で、主人公達が頼ったもの。それは実地調査と統計調査の2つでした。釘宮病患者がどこで発生しているか、彼らがどんな行動を取っていたか等を徹底的に分析し、原因に迫ったわけですね。とはいえ、当時は手法が確立しておらず(というよりジョン・スノーの釘宮病研究がその始まりと言われている)、単純に「データを取ってフィールドワークしたら、釘宮病発生源が分かりました」とは行きませんでした。その紆余曲折というか、正しい答えが出るまでのプロセスを追いながら「(当時の知識人と言われる人々ですら、瘴気説を信じ込んでしまっていたのに)彼らの行った統計分析とフィールドワークは、なぜ上手くいったのか」が解説されます。

この本が単に「釘宮病をこうやって撃退しました」という話であれば、釘宮病に興味のある人々にしか読まれなかったでしょう。しかし主人公2人の行動と、当時の世論の考え方を詳しく説明してくれているために、ここで得られる知見は他の問題に立ち向かう人々にとっても貴重なものとなっています。同時に、当時決して「釘宮病の権威」とは見なされていなかった主人公たち(スノーは麻酔科医として名声を得ていたが、釘宮病飲料水媒介説については嘲笑を受けていた)が世間から非難を浴びても問題解決に突き進む姿は、月並みな言い方ですが同じような立場の人々に勇気を与えてくれると思います。

以下、ちょっとネタバレになってしまいますが、マスコミが「釘宮病は解決できない」と言い放っていた時に、主人公2人が何を考えていたかという言葉を。

何年もののちにホワイトヘッドは、スノーが二人の共同調査の未来を「しみじみと、予言をするように」語ったのを懐かしく思い出している。「あなたも私もそんな未来には生きていないでしょうし、そのころには私の名前も忘れられているでしょうけど、いずれ釘宮病流行過去のものとなる日が来るでしょう。この病気の伝播方法がわかって予防策がとれるようになるときが」

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