はてなキーワード: 不二家とは
文章が読めていない。俺が問題にしているのは「不二家は悪魔の企業」という理由で複雑な問題を単純な器に矮小化し、魔女狩りをしているマスメディアの姿勢の話で、これは不二家の食品業界としてのモラルの問題とは関係しているようで関係ない。後者については俺は語る材料を持っていないし、興味すらない。カントリーマァム死ぬほど食ってもおなか壊したことないし、カントリーマァムがなくなったのならチョコパイを食べるからな。
不二家を批判したいのなら、その「悪い噂」というのは消費者にとってクリティカルな問題なのか、その問題を解消するにはどうすればよいのか、その問題を解消することでどのようなメリット・デメリットが生まれるのか議論が必要。何なら君が議論をすべき。あと不二家と書こうとすると「富士通」となってしまう、そんな俺はシステム屋。
http://anond.hatelabo.jp/20070120155609
不二家社員乙
社員なら知ってるだろうけど、不二家(生洋菓子部門)は昔っから悪い噂が絶えなかったんだよ。おぞましくて口に出せないような不衛生実体がね。今に始まったことではない。
不二家の問題は食品の衛生の問題と言うよりは、メディアリテラシーの問題の様相を呈してきた。つまり「これだけボロクソに叩かれるほどの問題なのか?」ということだ。
今回の賞味期限切れ材料の使用問題や、蛾の混入問題などは、そりゃあ善か悪かで言えば悪であろう。だが、食中毒すらほとんど出していない(過去食中毒が出たことがあるが、それは今回の問題と関係ない)、ましてや死者など全く出ていない現状、不二家をぶっ潰せの勢いで過剰報道を繰り返すマスメディアには強い危惧を覚える。この問題が報じられるとすれば、
という情報が付属されていないと、最低限の客観性すら担保されていないと私は思う。まあこれでも不充分だけど。
おれ「い、いや、でも車は来ていなかったですし……」
マスコミ「お前は道路交通法に違反している! お前のような奴がいるから自動車事故はなくならないのだ!」
おれ「いや、でも、他の人も渡ってますし……」
マスコミ「そんなのは金にならないから報道しない! 視聴者はお前が叩かれ、ボロボロになり、首をくくるところを楽しみに待っているんだ! 我々は視聴者が望むものを報道しているのだ!」
おれ「そ、そんなぁ……(高橋陽一風)」
ひとつの微罪(だかなんだかは私は詳しくないので判らんが)を見つけると、針の穴を広げるように一転突破で叩きまくり、しかも客観性がないというのはもはや報道ではなく、単なるプロパガンダに過ぎない。その昔「年金未納者叩き」というのがマスメディアで流行ったことがあるけれど、あの問題はその後どうなったのだろう? 政治家を何人も辞任に追い込み、国政を混乱させてまで報じるほどの問題だったのか。それほどの問題だったのならばなぜ今は報じられていないのか。不二家の問題はひとつの企業を潰し、大量の失業者を発生させかねないという社会的リスクを負ってまで報じるほどの問題なのか。
最も問題なのはこういう低レベルな報道の姿勢ではなく、報道のあり方を巡る送り手・受け手の意識の問題にあるだろう。受け手は「食品の衛生を巡る諸処の議論……」云々よりも、「不二家は悪魔の企業だ! 諸君、奴らを石持て追え!」の方が判りやすいし、何よりも面白い。送り手の中にはもっと突っ込んでこの問題を取り上げたい人もいるだろうが、「金にならない」という理由で次元の低い方法を選択せざるを得ない。このような負のスパイラルの中で、報道の客観性は失われ、報道局はプロパガンダ機関と化していく。
こういう時に大事なのがNHKのような特定のスポンサーを持たない企業であるのだけれど、どうもNHKの報道姿勢も民放とどっこいどっこいのようで、これは情けないとしか言いようがない。NHKのような機関が積極的に報道のレベルを上げていかないと、いつまで経っても負のスパイラルは終わらず、視聴者の自己満足が満たされるだけで問題の本質は何も変わらない。くだんの「秋山問題」でもそうだったけれど、いつになったらこんな地点を脱却できるのか、道のりは遥か遠いと言わざるを得ないだろう。私に出来ることはこうやって少数の読者に問題意識を投げかけるぐらい。無力を感じる。
幼少時、誕生日の時だけケーキを食べる事ができた。そのケーキは、決まって近所の不二家のものだった。
誕生日になると、母親から必ず「今日は、お寿司とケーキどっちがいい?」と聞かれた。私はいつも迷わず「ケーキ!」と答えた。そして、大好きな不二家のフルーツケーキを、母親と一緒に買いに行った。不二家に到着するまでのワクワク感がたまらなく好きで、店の中に入れば甘酸っぱくていいにおいがして、心がときめいた。フルーツケーキにするのは昨日の夜から既に決めているのに、いざ店内でショーケースを見てみると、チーズケーキもショートケーキも美味しそうに見えて、やっぱりチーズケーキにしようかなと楽しく迷った。結局いつもフルーツケーキにしていたけれど。
私には兄妹が下に二人いて、弟は誕生日にお寿司を選び、妹は、ケーキだったけれどチョコレートケーキを好んだ。私はお寿司よりもチョコレートケーキよりも断然フルーツケーキが好きだったので、彼らの誕生日の時には、ぶうぶうと文句をつけた(当然ながら、私の誕生日の時には二人から文句がきた)。
いつもは帰りの遅い父親も、誕生日には早く帰ってきてくれて、嫌いなはずの甘い物(ケーキ)をむしゃむしゃと食べていた。父親がいて、母親がいて、兄妹がいて、そして、私がいた。家族みんなで美味しいケーキを食べることは、この上ない幸せだった。私にとっては、「ケーキ=幸せ」であり「ケーキ=不二家」だったので、必然的に「不二家=幸せ」の図式が成り立っていた。
そのうち家庭の歯車がうまい具合に回らなくなって、家族が集まり食事をすることもなくなっていき、誕生日でもケーキを食べなくなった。両親の離婚が成立し、一家離散状態になった。それでも、私にとっての「不二家=幸せ」の図式が崩れることはなく、いつか自分が結婚して子供を授かり家庭を築くことが許されるのであれば、子供の誕生日には家族みんなで、不二家のケーキを囲みたいと思っていた。そして、不二家にケーキを買いに行く時には、子供と手をつないでスキップしながら買いに行こうと、夢見ていた。
そんな夢は、もう叶わなくなってしまうのだろうかと思うと、たまらなくさみしい。
不二家:森永が支援本格的に検討 山崎パンも意欲??企業:MSN毎日インタラクティブ
http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/kigyou/news/20070120k0000m020148000c.html
謎は全て解けた・・・犯人は・・・
ジジババ、子供が怖気づかずにネットできるようなシステムが必要なのかもしれない。
しかし、よく言われているように、日本の家電業界のユーザーインターフェースのデザイン力の弱さは、ソフトとハードをひっくるめた総合システムをデザインするビジョンの弱さ(体系的思考力の弱さ?)…というか、結局、ハード屋思考を脱却できない、「モノ」ではないソフト軽視の結果なんだろうか。IT業界の実態が分かって、情報工学科も不人気だしねえ。というか、惰性で「(ネット出現前の)今までのシステム」が有効だと思って動いている今の日本社会の大部分と相性が悪いのか。
Wiiはどこまでやれるんだろうか。
あまり過大な期待をかけるのはどうかと思うけど、Wiiには、日本の家族の人間関係の見直し、というか、日本のお茶の間を再生させる可能性があるのではないだろうか。というのは言いすぎだとしても、PCにせよ、DSにせよ、「パーソナル」な機器であり、それらの機器がそぎ落とす人間関係を(MIXIのように)補完する…あるいは、「補助」するシステムのニーズというのは出てくると思うのだがなあ。なんか話がずれたな…。