そして夕暮れの行列のことを思い出した。
駅前を出るまで気付かなかったが、雨が降り出していた。
いつものようにタクシー乗り場に行くと、珍しく長い行列だった。
急に肌寒くなっていて、薄暗くなった夕暮れの雨には気が滅入った。
早めに着きたいのに、タクシーは一台もなかった。
しばらくしてやっと来た車に一人が乗った。あとは又待つだけ。
赤ん坊は高熱があるようで、毛布を懸命に巻き付けていた。
タクシーはなかなか来なかった。
「お先に…」と言いかけて、
私一人が譲ってもたいした意味はないと気付いた。
そして行儀よく並んでいる姿に少しいらっとした。
新発売のゲームソフト購入や評判のラーメン屋で行列をつくるのは自由だ。
しかし、それとこれを「行列、順番」で一括りにしてはいかんぞ!と思った。
「熱が高いの?」と声をかけると、心配そうに頷いた。
「寒くなってきているし、こんな所でグズグズしていたら、大変なことになるよ。
並んでいる人に、次のタクシーを譲ってくださいって云いなさいよ。お母さんなんだから」
『突然、なぜそんなことを言われなければならないの』とでも言いそうな不安げな顔で私を見るので、
「あなたがそう叫べば、みんな譲ってくれるから…」と再度促した。
決心した母親は列の前に進んで、大きな声でお願いをした。
ちょうどやってきた車に、先頭の男性が「乗りなさい!」と促した。