「自分の子供は自然寛解した」と言う人、「可能性を断じているだけ」と言う人は、無責任であると感じる。
生きろと言うなら、完治まで携わってくれるのか?
生むことは出来なくても、死ぬことに関しては、自分で選ぶことができる。
尊厳死という選択ができる。
1つの選択肢としてあることで、私は私の精神を保っていられる。私は病で衰弱するのではない
最期の時を自分で決めるのだ。
医者の診断に任せるのではない。自ら刑期を狭めるのだ。
生きる権利があるならば、死ぬ権利がある、そんな国もある。生命倫理に興味がない人が溢れている。
そういう環境が近くにないから人々は真剣に考えないだけだ。
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