発達障害は個性だとよく言われているけど、当事者としては中々認められなかった。
個性という言葉が、迷惑行為の免罪符のように感じられるからだ。
けれども、発達障害として上手く生きる上で、発達障害は個性だと思うことは、やはり必要不可欠であるとやっと気づいた。
定型発達者になることにばかり焦っていても、決して定型発達者として人間関係に溶け込めず、リア充と自分を比べるばかりで心を病むだけだ。
こうして自分の行動を変えていく気力すら無くなり、嫌われスパイラルから抜け出せなくなってしまう。
一方、ズレてるキャラの自分を等身大の個性として認めれば、楽になった分だけ自分の行動を変えようと決意できる余裕も出来る。
「アスペは個性」は、免罪符ではなく等身大の自分を認めることであることに、30代になってから気づいた。
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