父が家で仕事の愚痴を言っているところを聞いたことがない。どこどこに出張に行ってこんな美味しいものを食べたとか、取引先の人と飲みに行ったとか、そんな話をするだけだった。だから俺は、仕事ってそんな感じなんだと、そんなに苦労するものではないんだと、漠然とそう思っていた。
俺の子供の頃の夢は、サラリーマンになることだった。
その夢を、俺は叶えた。
俺はサラリーマンになった。
仕事が、金を稼ぐということが、どんなに辛く大変なことか今の俺には分かる。
いや、平社員の俺に対して、父はそれなりの役職に就いていたから、その苦労は今の俺には計り知れないものだ。
父は愚痴も泣き言も言わなかった。
だから俺も言わない。
結婚の約束をしている彼女にも、将来生まれてくるかもしれない子供にも、言わない。
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