オシャレに金銭や労力をかけている人って、何らかの快楽が動機でやってる人が多いんだと思うが。
服装に金銭や労力をかけている人が他のやったほうがいいことのなかにまったくやれてないことがよくある場合を思えば。
何らかの快楽の主な要因としては、好きな服を着ることが単純に快いという要因も、
よいとされていると信じた服を着ることによって地位や名誉を得たと感じることが快いという要因もあるんだろう。
好きなものに金銭や労力をかけることもコストはコストなんだろうが、そういうのに興味ないかそれがもったいないと思う人が払うコストとは違うよなあ。
もちろん地位が低いときのみじめさや苦痛のみが動機の場合もあるだろう。
ある人が孤独であることを嘆いており、しかもその人が服に(あまり)コストをかけていないとして、
その人が孤独であることの原因は服にコストをかけないことだと考え、その孤独な人に甘えんじゃねえとかいいたくなるのはそういう人くらいだろうなあ。
好きで服にコストをかけている人がそうでない人にひどい扱いをするとしたら、
多くはたんに気に入らないものにはひどい反応をしがちだという一般的な傾向のせいだろうが、
自分にとって重要なことはすべての人々にとっても重要でなければならないのであり、