2011-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20110324183241

各論ねぇ。

あの文面で、「影響力の定義」に関して根っこの部分を話したかったとか、どんだけ。

棲み分けの為にこそ、接したときに生じる問題を軽くやり過ごせる姿勢ルールの共有が必要だ。

「接したときに生じる問題」が「軽くやり過ごせる」ものかどうかも論じないのに、やり過ごせってか。

これってものすごく狭い問題、「子供⇔大人」「内輪⇔公」などの異文化衝突を前提としているだけに見えるんだが


ルールなんて存在しなくていいんだよ。

影響範囲と、そこから想定される被害を、ケースバイケースで判断するしかないんだ。

「なにが」問題で、「それは指摘すべきものかどうか」、個々人が決めるしかない。


DHMO問題の場合、被害の想定はそれほどおかしくなかったが、影響範囲の想定に失敗しただけ。

そのため、かえって被害を拡大させちまった。(東京の水は危険発言など)

そうした齟齬が発生すれば、客観的におかしいと感じた人が、今回のように勝手に反論してくれる。

それほど歪んでないしルールなんていらんよ。


どっちかといえば、似非プロ訴訟などの言葉をちらつかせてアマチュアを封じ込めるやり口の方が問題。

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