2019-04-21

自分が嫌いという話

人の事を直ぐに自分のこと嫌いなのかなって思い込む自分が嫌い。

自分意見肯定的でないだけで、少しでも冷たいと思うだけで「もしかしたら私の事が嫌いなのかもしれない」と思ってしまう。

何度も会話をしているし、一緒に遊ぶ仲であるはずなのにそう思ってしまうのは、自分の変に疑い深く、思い込みの激しい醜い所が何年経っても直らないし、今後も直ることがないかであると思う。

普通に考えたら、そんなわざわざ嫌いだと思っている人間が居る場所に行くはずはないのである。わざわざそんな事をする人間はこの世界の極わずかな人間だけであろう。

だが、そんなことを分かってるつもりでも、私が言葉が強く言えず、何を言っても言い返さないかストレスのはけ口になっているからわざわざ来ていると考えてしまう。

結局自分環境が生きるのに向いていないのではなく、自分性格がこの世界から生きづらくしているのだ。

こんな性格自分が大嫌いだし何故生きているのだろうと自己嫌悪になることもしょっちゅうある。

人に優しい人だと思われているのも、結局人の機嫌ばかり伺って言葉を選んで、嫌われないように振舞っているだけだ。本当に好きな人にだけそうすればいいのに嫌われる人数が増えれば好きな人すら自分の事を嫌いになるのではないかと怖くなるから嫌だと思うことも嫌だと言えず、溜まりに溜まって自己嫌悪になるのだ。

こんな自分が嫌いで仕方ない

  • 自分が嫌いなら鬱陶しい自分語りやめればいいのに 毒物撒き散らしてるテロみたいなものだろ

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