食卓の空気が険悪になる事が我が家にはたびたびあった。それは何度も経験したことのある出来事だったが、それが私を余計嫌な気分にさせた。その空気の原因は、母の怒りだった。怒りの方向は、その場にすらいない私の姉の将来の夢について。彼女の夢は小学校の教師だった。母は姉が小学校の教師になる事に、強く反対しているのである。
私には3つ上の姉がいて、私たちは自分でも言えるくらいに仲が良かった。ここ数年喧嘩などしたことがなかったし、一緒にテレビを見たり、話をするのはとても楽しかった。現在彼女は大学生になり、一人暮らしをしているが、家族間無料通話をいいことに相変わらず電話で話をすることは多い。
姉が高校に入学するころ、姉は食事の場で、自分に教師という夢がある事を言った。父は、夢を持つ事、目標を持つ事はとてもいいことだから、とにかくがんばってみなさいというようなことを言った。姉はとてもいい顔だった。私は姉を色んな意味で、羨ましく思った。(色んな意味を意識してたわけじゃないけど。)
だが、食事後みんなでテレビを見ていると、急に母は姉の夢に反対であることを言い、姉に説教すらし始めた。母の顔には怒りがにじみ出ていた。姉や父は母に理由を尋ねたが、母は、「親だからわかる。姉が教師になんかなれっこない。」というように曖昧で断定的な返答しかしなかった。なれっこない。何度もこの言葉を聞いた姉は泣いていた。夜中にも、すすり泣きの声が聞こえた。母は、今までにもこういう主張をすることがたびたびあったのだ。なぜか姉がなにか(部活のリーダー、学級長、地元進学校への高校受験、etc....)をしようとするたびに、できっこないだの、やれっこないだの言って、やめさせようとする。高校受験の時も、姉が地元進学校へ受験しようとするのをやめさせようとしていた。姉は母に反発して猛勉強し、見事合格した。彼女は私に「これで母さんも、ちょっとは私を認めてくれたかな」と漏らした。その矢先、再び母は姉の夢を今までにないくらい強く否定したのである。当時ピカピカの中学生だった私にも、なれっこないと言われた姉の痛みが伝わってきた。
それから数年が経ち、姉は大学生、私は高校生になった。時々真夜中に父と母が話し合いをしているのが聞こえた。普段は温和な父の、大きな声。だが、父の説得も母は聞く耳を持たなかった。姉は夢をあきらめず、母も反対の立場を変えなかった。母は反対の理由を話したがらなかったが、問い詰めると、時々漏らすように理由の一部だけを言った。以下はその要約。
・先生は何十人もの子供に影響を与える。姉がなれば悪影響を与えてしまう。
・なので教育実習で地元の学校に来ると、近隣の皆様のひんしゅくを買う。
・先生のような重大な仕事に就くと、大変な人生が待っている。平凡な生き方のほうが姉にとって幸せ。
自分はこれらを聞いて半ば呆れていたのだが、最後の理由を聞いて、母なりの姉への思いやりなのかなと思っていた。
だがある日、食事の場で、父が姉が教職を取ろうとしている事を家族に語った。私が嫌な予感を持ちながら母を見ると、母は怒りとも悲しみとも言える複雑な表情をして、ポツリと「なぜ私をこんなに苦しめるの・・・」と言った。その時私は、母の今までの主張は全て自分の自分の都合のためだったのではないかという事を感じた。母は世間体を気にするタチだった。「先生のような重大な仕事に就くと、大変な人生が待っている。平凡な生き方のほうが姉にとって幸せ」という理由は単なるタテマエであって、本音は「先生は何十人もの子供に影響を与える。姉がなれば悪影響を与えてしまう。なので教育実習で地元の学校に来ると、近隣の皆様のひんしゅく(自分が)を買う。」ということにあり、自分の保身(?)のための主張なのではないか、という邪推をしていた。邪推であって欲しかった。子供だった私が羨ましく、妬ましかった。
私は食欲をなくし、台所を早めに去った。去り際に見た父の顔は、怒りで満ちていた。
ウチの母親のことかと思ったよ。色々違うけど。 ウチの母親も私が教員目指すとき大反対。 だから高校辞めた。 結局教員目指してフリーターしてるけどw 後悔はしていない。 ウチ...
自分の母親に対する体験談を重ね合わせて言う。 ・先生は何十人もの子供に影響を与える。姉がなれば悪影響を与えてしまう。 ・なので教育実習で地元の学校に来ると、近隣の皆様...