2007-01-23

増田依存症なんです」――匿名ダイアリー人生が変わった26歳女性

たくさんの友人ができ、新しい仕事まで舞い込んだ。ネット上の自分のイメージと、現実の自分とのギャップが悩みの種だ。

タイトル:「日記を書いてから」。本文:「5分以上レスが付かないとそわそわします。病気かもしれません」。

10月15日名古屋に住む増田明美さん(26歳、ハンドルネーム:まぁす)が、はてな匿名ダイアリー(HAD)「増田」に書いた日記だ。

ネットが得意な友人から増田を紹介されたのは9月。PCは苦手で、チャットメールに使うくらいだった。インターネットにも疎く、増田が何なのかも分からなかった。増田がその後の人生を大きく変えることになるとは、想像もしなかった。

とりあえず、紹介メールに従って、ログインしてみた。日記機能があったので、「作者はid:wanparkさんと見た。ともだち、ともだちられ仕様わんわんワールドっぽいw」という日記を書いた。その日、知らない人からレスがついた。嬉しかった。ほぼ毎日、日記を書くようになった。レスへの返事も欠かさなかった。

日記レスがついていないか、自分の日記に誰かが訪問していないか、はてブされていないか、一日中、気になった。朝起きるとまずPCを立ち上げて増田をチェック。会社でも、上司の目を盗んでは何度もアクセスした。休みの日は1日中増田を見て過ごした事もある。友人との旅行にまでPCを持っていって、ホテルでも 増田をチェックした。

「私、増田依存症なんです」。

ネットの人って、もっと“イタイ”と思ってた」

友人リンク機能「マイはてなー」にもハマった。マイはてなーは、他のユーザーリンク依頼し、承認されれば、自分の友達として自分のページを閲覧できるという仕組み。知らない人ともどんどんつながれるのが楽しかった。でも、すぐに廃止された。

ある時ふと思い立って、友人と、マイはてなー数がどこまで増えるか競い合った。この勝負を見届けに、多くのユーザーが、増田さんのページに集まった。勝負の状況を伝える日記レスで、いつのまにか、負けたほうの罰ゲーム――名古屋・栄のうなぎ屋で、巨大ひつまぶしを食べる――まで決まっていた。

勝負には勝った。面白そうだったから、言われるままに巨大ひつまぶしの店を予約した。初めて主催した、増田オフ会だった。

オフ会に参加したのは、勝負した2人と、それを見届けたユーザー11人。初対面の人も多かったが「皆いい人でびっくりした。ネットの人って、もっと“イタイ”と思っていたから」。

増田オフ会は、その後何度も主催した。増田ビジネスモデルユーザー皆で考える「増田版無敵会議」もその一つ。増田が赤字運営だという記事を読んだ時、1ユーザーとして何か役に立てないかと考え、思いついた。

場所を借り、内容を練り、80人以上のユーザーを集め、司会を務めた。もともと仕切るタイプではないし、人前で話すのも初めての経験だったが、大好きな増田のためなら、何でもできた。

増田仕事を見つけたという“失敗”

増田で、仕事も変わった。11月のある日、増田がきっかけで知り合った人から、自分が働いているIT系企業に来ないかと誘われた。

名古屋一人暮らしをし、ACアダプタの細いピン作り職人バイトで生計をたてていた当時。実は、そろそろ東京実家に戻ろうと考えていた。実家母親健康状態が悪かった。一人っ子の自分が支えてあげないくてはいけないと思っていた。

「でも、自分と一緒に何かやりたいと言ってくれる人がいる。こんな機会は2度とないかもしれない」――悩んだ末、名古屋に残って仕事を受けることにした。バイトをやめ、その会社で営業職として週4回、働き始めた。

マスコミがこのことを聞きつけ、取材に来た。HADで仕事を見つけるという一つの“成功例”として、新聞に載った。

でも実は、仕事を受けたことは後悔していた。会社側が期待していたのは、精力的にオフ会をこなし、人脈も広い“増田のまぁす”。しかし、職場での自分は、シャイで人見知りで、営業は苦手。

増田イベントなら、みんなに喜んでもらうため、盛り上がって楽しむために、頑張れる。でも、好きでもないものを売るための営業の仕事は、ただただ、辛かった。悩んだ。

「辞めよう」――8月、決意した。

ネットイメージと、現実とのギャップ

増田を始めてから、一緒に何かしようと声をかけてくれる人は多くなった。増田内での私は、モチベーションが高くて何でもできる人に見えるみたいで」。

そのイメージは間違っていると、自分では思っている。「本当の私は、思いつきで行動するだけの、何もできない頭悪い子」。一人歩きする“まぁす”のイメージと、自身の自己像とのギャップに、悩むこともある。

増田のよさを、たくさんの人に伝えたい」

それでも増田は大好きだ。増田がきかっけで、友達が増え、イベント主催し、仕事をもらい、インタビューを受け──想像もしなかった新しい人生が拓けた。増田から受けた恩は計り知れない。

今は、もっとたくさんの人に増田の良さを知ってもらいたいと強く思っている。増田を盛り上げるのに少しでも貢献したいから、イベントを積極的に主催したり、取材を受けたりと、広告塔の役割を自ら買って出る。

――あなたにとって、増田とは?

「新しい世界を切り開いてくれたもの。自分の全く知らなかった、“別世界”に遭遇するきっかけをくれたもの」。

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