はてなキーワード: ダウンサイジングとは
それは十分にあるだろうね。
ゲームだって、単純なソーシャルゲームで十分って層はめちゃくちゃ多い。
手元に携帯一つあれば、他はいらないってな感じのね。
コンテンツマーケットが完全に消滅する、ってことはないだろうけど、今の娯楽コンテンツの大半がアマチュアの供給するフリーのコンテンツに置き換わる、ってのはあってもおかしくないんじゃないかな。
コンテンツで「質」が決定的な力を持つならケータイ小説とか出現する余地がないわけで。普通のマーケットとして考えれば、アマチュアが供給する廉価品(この場合安いというよりフリーだけど)がシェアの大半を握って、20世紀型の有料コンテンツは金持ち、マニア向けの高級品としてニッチになる、というのはありそうなコンテンツのダウンサイジングだと思うけど
おいおい。。。
もともとパソコンゲームは多ジャンルだったのが、徐々にコンシューマ移行、縮小化していっていまの状態になってるんだよ。
国会図書館にでも行って20年前のコンプティークでも見てみればわかると思う。コンプで扱ったジャンルの歴史はほぼ「日本」の「商業」パソコンゲーム「業界」の歴史、つまりはショップの歴史と対応してる。
歴史的に見た場合、「業界」としてエロゲの次が見えないのが不安かもしれない。しかし、国内または商業というくびきをはずせば、PCゲームはまだまだ衰退してるとはいいがたい。いやむしろ「業界」のそとでは、ゲームの制作可能性は逆に増えているのではないだろうか。開発環境や素材作成、情報交流はここ数年でかなりダウンサイジングされているわけだから。
持たない暮らし(持てない暮らしでも同じだけど)を実践するのは良いんだけども、
持たないことのデメリットを苦に感じない人にしかできないと思う。
例えば
これなんて良い例で、所有コストを他に転嫁しているのは良いんだけど、その分漫画喫茶に行くという手間と時間の制約を受ける。
その上、家でゆっくり寝転がって裸でハナクソほじりながら漫画みたいぜ!っていう人にはほぼ不可能な選択肢なわけだし。
その分の「自由」を所有することで得ているんだから、それを放棄することで生じる制約を我慢できるなら元々持つ必要がなかったってだけ。
これはクルマを持つことと公共交通機関やタクシーとかレンタカーで済ますのも同じだね。
服や食器の数も当然同じことになる。
金持ちほど湯水のように所有コストを掛けて贅沢しているのが、資本主義の物質至上社会なので、よりダウンサイジングをするほどみすぼらしくなってくる。所有しないことの究極形態はホームレスとかになっちゃう。