はてなキーワード: 隋代とは
開封はもともとは啓封と書かれていたが、漢代に景帝(劉啓)を避諱して開封と書かれるようになった。
開封は隋代に大運河が建設された頃から急激に都市としての重要性を増す。
そして宋代には「東京開封府」と称され北宋の首都として大繁栄を極めることとなる。
(その様子は孟元老著「東京夢華録」に詳しい。)
しかし、北宋が金に破れて南へと追いやられる(南宋)と大運河は南北に分断される形となり開封には南方の物資が届かなくなるころから、その繁栄には陰りが見え始める。
さらにのちの元代になると大運河の流れが変更されたため、物流の拠点ではなくなり開封の経済的な繁栄は終末を迎えることとなる。
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