はてなキーワード: クラスメートとは
くだらない話もしたし、まじめな話もした。
まじめな話っていうのは、同窓会にきてそういう話をちょっとしてみたいなって思ってる人としかできないんだけど。
でも、おたがい真剣な話を話そうと思うと、意外と話せてしまう。
日々をすごしていると、いろいろ考えていることが出てくる。
そして、他の人がどう考えているのか意見を聞きたい時がある。
飲み会やその場のおしゃべりのネタではない話が聞きたい時がある。
そういう、まじめな話がしたい時がある。
まじめな話と、まじめな話題はちょっと違う。
例えば政治はまじめな話題ではあるけど、真剣ではない表面上のネタとして意見を言うこともできる。
硬い話題ではなくても、話題は何で合っても、お互いに真剣に話している時がある。それがまじめな話だ。
頻繁に顔を合わせていてもまったくまじめな話にならない人もいる。
意外と初対面だったり、毎日は顔を合わせていない方がまじめな話というのはしやすいのかもしれない。
小学校の同窓会のことを思い出しながら、自分の親のことを考えていた。
父が単身赴任先から帰ってきているのだけど、父とはあまりまじめな話できない。
母とは時々する。
母とは以前はまじめな話はできなかった。
母は私の考えを知りたがっていたし、私も母に理解してもらいたいと思ったのに、上手く話ができなかった。
以前は、私が自分の意見を言うと、子供のくせに生意気だと受け取られたような気がする。
もちろん私の意見や表現が以前とは違うということもあるけど
結局は大学に入ったことがきっかけとなって母の態度が変わったような気がする。
母は私のことを子供だと思っていたので、その子供扱いがまじめな話をする上では邪魔だったのではないかと思う。
そういうときは、たぶんその大人と子供の間に互いに「敬意」があるのだと思う。
親と子でなくても、まじめな話がしたいのにそれを上手く伝えられないということがある。
相手を見くびっている感じが伝わってくると、まじめな話というのは難しいのだと思う。
まじめな話をする時は、ちゃんと聞いてもらいたいと思うから。
初対面の人と意外とまじめな話がしやすい理由はこのあたりにある気がする。
初対面だと、ニュートラルになるし、相手の話にも集中するし、互いにふざけた話をしたこともない。
お互いに丁寧な言葉ではなしていても、実は本当に真剣には話していないという事もある。
いつもいつも真剣に話すだけでは息が詰まるだろう。
ふざけた話もするし、まじめな話もできるというのが一番いい。
そういう友達が増えると、ちょっと生きるのが楽になるのかもしれない。
俺が高校生だった頃のこと。
俺が通っていた高校は小高い丘の上にあって、通学路から行って丘をさらに越えたところに養護学校が建っており、朝方など場合によっては普通高校生と養護学校生が同時に通学することもあるという特殊な立地にある学校だった(地元の人にはどこのことだかピンと来るかもしれない)。俺は3年間、付近の自宅からその高校に通っていた。
その高校は田舎にあったので学力のレベルなんかはたいしたこと無かったのだが、近所ではそこそこの「進学校」として認識されていて、入学してくる連中も(俺含め)さしたる実力も無い割りにプライドだけは一丁前の田舎スノッブが多かった。そんな生徒達はもちろん養護学校に通う知的障害者など馬鹿にしており、普段はほとんど話題に出すことも無かった(通学途中ですれ違うことがあっても、あたかも存在自体が不可視のような扱いをされていた。女子などは近寄りもしなかった)。
俺はというとそんな学校の中にあって先生の話を真面目に聞いていないような劣等生だったので、授業中にふと窓の外を見渡しては、養護学校の生徒達が先生に連れ立って校外学習をしているのを「観察」するのが日課のようになっていた。中でも特に気に入っていたのがやや背の低い中学生ぐらいの男の子で、歩くときに前方を注意する習慣がないのか、よく前のめりになって転んでいるのが見かけられた。それを他の生徒が一生懸命抱き起こすのがおもしろくて、先生の話などそっちのけで熱中していたことが何度かある。
学校の高い校舎の上から道路に這い蹲る養護学校生を見下ろす、その行為そのものが、今思えば差別主義的なものだったと思う。
前述したとおり、学校のクラスメート達はそんな養護学校生たちのことは内心見下すか不可視のものとして扱っていたので、めったに彼らのことが直接話題に上ることはなかったが、ある昼下がりの休み時間のとき、口下手なクラスメートの一人に向かって、あるクラスメートがこんなことを言ったことがある。
こう書くとやや芝居がかった台詞だが、俺の創作ではない。
ひどいのは、これはいじめられっ子に対していじめっ子が吐いた侮辱の言葉ではなく(その口下手なクラスメートは確かにクラス内ではややからかわれがちなポジションにあったが、上の台詞を吐いた奴とは普段から仲良しでよくつるんでいた)、友達同士で交わされたちょっとした「ジョーク」の言葉だったということだ。実際、内向的なオタクだった当時の俺も(今でもだが)一度違うクラスメートから似たようなからかいの言葉を受けたことがある。上の台詞を言われた口下手なクラスメートは「くすっ」と笑って、その場では何事も無かったかのように談笑が続けられた。
俺は3年間、付近の自宅からその高校に通っていた。しかし、その間、養護学校の生徒達がいた場所、社会とは、ほぼ一度も直接的な交わりを持つことが無かった。普通高校の生徒達と養護学校の生徒達は、お互いがお互いを無視し合い別世界の住人として生きていた。そこに人間同士あり得べきコミュニケーションの姿は無かった。
俺は今でも、上の台詞を言ったクラスメートの顔と名前をはっきり思い出せる。しかし、よく前のめりになって転んでいたあの愛らしい男の子の顔は思い出せない。名前も知らない。
参考
第1話「空を自由に飛びたいな」は→http://anond.hatelabo.jp/20070128092423
「世界」が自分のものになる夢を見た。
俺は、八百屋の店番をしていて、客の前で「ジャイアン・リサイタル」という自らのあだ名を冠にしたライブを演じている。その時の俺は「世界はすべて俺ののもの」と確信しながら唄っているんだ。
目覚めると、夢精をしていた。
それが、俺の精通だった。
俺に思春期がやってくるのは、少し周りに比べると遅かったみたいだ。そんな暇がなかったのだ。俺にはやらなければならないことがたくさんあった。確かに静香という名の可憐な少女に見とれることはあったが、それはただ美しい絵画を見るのと変わらなかった。そんなことより、目の前ののび太をぶん殴ることが大切だった。
そのためにはクラスを支配しなければならなかった。
俺にとって興味があったのは「漢」として自分がどうなのか? という価値基準であって「男性」として女にどう見られるかなんてものは問題ではなかった。
だから、俺はつい最近まで、そのことに全然気付かなかったんだ。
磯野カツオにとって、一番の悦びは周りの人間達を自分の意のままに動かすことだった。
時には詭弁で、時には謀略をはかり、クラスを支配することが、何よりの快感だった。
そのために口から出てくる嘘も何の抵抗もなく吐き出していた。
例えばカツオにとって、女子と付き合うことは、恋や愛の類では決してなく、クラスメートから一目を置かれるためのステータスでしかなかった。だから自分の付き合うべき女は、クラス一番の美人である源静香でなければならなかった。
自分にとって、同級生達は見下すべき存在で、磯野カツオこそが、特別な存在なのだ。そう思っていたし、事実、今のクラスでそれは実現していた。
世界の中心は自分の足元にあり、そこを中心に世界は回っていた。
その象徴が、自分の誇りである、この巨大な性器だった。全長30センチに迫ろうかというそのモノが成長していくのと比例するように、自分のエリート意識は膨張していった。
自分には全てがある、そう信じた。
邪魔なものは排除する、溢れる知恵と肉体的な魅力によって。
俺はカツオとともにすごすのが楽しかった。
こいつは信用できる奴だ。俺が唯一認める「漢」だ。カツオだって、俺の事をそう思っているのだろう。こいつが何か行動する際は、必ず俺に相談をしてくれるし、面白いことが起こりそうな時は、俺に教えてくれて、誘ってくれる。
カツオと一緒にいれば、俺にとって何か面白いことがある、そう思っていた。
カツオは思案していた。
いつも自分に近寄ってくるこの男……ジャイアンこと剛田武の利用価値とその弊害について。
いつも番長風を吹かせるこの男は自分がクラスの中心につくために必要な人材であったことは事実だ。しかしながら、いまや、自分の自由を制限する存在でしかなくなりつつある。
なんとかしなければ。そう思った。
何か、この男の弱みはないか?
そんなことを日々考えながらすごしていた時、ふいにそれを見つけてしまった。
それは、ジャイアンがぶらさげているモノであった。豆粒にも似たそれは彼の大きなお腹にほとんど隠れて見えないほどだった。
「粗チン」というにも値しない。
これを利用しよう。それには女の協力者が必要だ。カツオはクラスメートを思い浮かべた。
則巻アラレがいい。
彼女を使おう。カツオはジャイアンを落としいれ、名実ともにただ一人のクラスの中心になるために綿密な計画を練り始めた。
「僕は新世界の神となる」
悪いけど。俺の方がいい大学に行っちゃったし友達も多いしオシャレだし彼女いるし金遣いが荒くてしょっちゅう親に迷惑かけて怒られながらもおかげさまでいい体験をたくさんしてて、そいつきっかけに内定もしてオフレコだけど面白いことやらせてもらえることになってる。ていうかやってる。だからっつって俺の性格があの件の妹みたいに、兄より悪くてひねくれてるかっつったら、結局のところ親が風邪で倒れたとき気にかけて飯つくって家の世話したの俺だけだもんな。あんたがぶっ倒れたときも俺が飯買ってきて看病したよな。なのにあんたときたら親がいないときに俺が熱出して倒れたときと、全く同じツラして何にもしないでぼーっとしてんのな。頼まれてないからだって?冗談じゃねーよ。それで親に俺のことをひいきしてるなんて言ったりしてるんだ。気持ちは分かるけど、二十歳超えて親に金出してもらってる奴の台詞じゃないだろ。そんな風になっちまった兄を親は結構心配してるんだよ。身の回りの世話を全部やってくれてるんだよ。よく面と向かって暴言はけるよ。
そんな兄をずっと見てたから、そうなりたくなくて、勝ち組の友達に憧れて、見てるだけでムカムカするクラスメートの鼻をあかしたくて、勉強もしたしダイエットもしたし人に好かれるように色々な気配りをするようになって、何年もかかってやっと実って俺の今があるんだよ。俺の猿真似がしたいなら、別に笑わないから、本当にとことんやれよ。中途半端に萎縮して、プライドが邪魔して誰にもものが頼めなくて、変わることが出来なかったなら、結局自分の人生ふいにするんだよ?それと、俺の猿真似をして本当に幸せ?自分に自信が持てないの?本当に俺のようになりたいの?
俺はさっさと家を出ることにしたよ。俺のことなんか忘れてよ。その方が俺を見なくて済むから、自分の本当に向いてることに打ち込めて、絶対に幸せになれると思うんだ。人生、得意で好きなことをした方がいいんだからさ。
いつからこうなっちゃったんだよ。もう哀れんでるとしか思ってもらえないんだろうけど、そんなわけないだろ。血のつながった兄弟だろ。