※この話は作り話です
毎年夏になると、母が梨のジャムを作ってくれた。私は大きな瓶いっぱいに詰まったそれを食べるのがとても好きで、大学に進学して家を出るまで毎年楽しみにしていた。
そして今、結婚して初めての夏。あのジャムを作ってみたくなって、私は母に電話した。そうしたら、母はこう言った。
「ああ、あのクニクのジャムね」
「クニクのジャム?」
「毎年夏になるとね、お父さんの側のおじいちゃんおばあちゃんが食べ切れないくらいの梨を送ってきてくれてねぇ。近所付き合いもなかったし、必死に食べる手段を考えて、それがあの梨ジャムだったのよ。苦肉の策ね」
「苦肉のジャム」
「そうそう」
なんだかそれを聞いて、私は子供の頃の思い出が萎んでしまった気になって辛かった。なんだ、そういう話だったんだ、そう思って早々に電話を切ろうとすると、母がこう続けた。
「正直ねぇ、送ってもらう側としたらちょっと迷惑だと思っていたけど、でもあなたのいい思い出になってたのなら、それはとても良かったわ」
「そう、なら私も梨を送らなくちゃね」
「わかってますよ」
そして電話を切った。私にも子どもが生まれたら、その子も梨ジャムを好きになってくれるだろうか?毎年夏を楽しみにしてくれるだろうか?
母が私に夏の楽しみをくれていたのは偶然なのかもしれないけれど、私もそういうのを与えられたらいいな、くらいのことは思う。