世界中の人たちは命を大切にし、お互いを助け合って生きている。
人間たちが際限なく増え続けていくから、どんな人間たちも、その存在だけで全体を圧迫するようになる。
無駄に命を永らえていくことも、無駄にしないように生きることを全うするのも、等しく緩やかに、ヒトという種を圧迫していく。
それならば、私は無駄な命を燃やし続ける代わりに、生命を全うできる人たちの糧になりたい。
いや、別に食べられる相手が価値のある生を営んでくれなくてもいいのだ。
魚を食べるとき、なぜその命は尊く見えるのだろう。
それは誰かを生かすことができる命だからだ。
私を生かしてくれることができる命だからだ。
私もそういう命になりたい。
技術によって、ヒトの個体を痛みもなく清潔な食糧タンパク源にすることができる。
人が増えすぎて、食糧を奪い合う戦争が起きるより、希望者が進んで糧となることを認める方が、人権に則っているという考え方が生まれる。
そんなこと書いてると、 口に食材をいれると、お尻からミートキューブがでてくる装置にされちゃうぞ。