誰が考えたってそんな存在は迷惑だ。
視力も判断力も鈍っているのだ。
馬力だけが不釣り合いなことは誰から見ても明白である。
そんなじいさんが正面からぶつかってきたらお互いが無事でいられる保証はない。
はたしてこれが、そんなじいさんは存在するはずもなく不要な心配だと言い切ることができるのだろうか。
116馬力とはクラウンのコンフォートが持つ性能である。
116馬力を持つ70歳のじいさんは、実在するどころかさらに鉄の馬にまで乗っているのだ。
これが、暗い夜道で一時停止を止まろうとせず歩行者の私に迷惑そうな視線を投げかけたものの正体だ。
これを狂気と呼ばずして何を狂気と呼べば良いのか。
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