自分が生まれる前に、大叔父さんが飛び込んだという踏切は自宅と国道を結んだ道の間にある。
昔は母から、遠回りの架線橋を渡るように口を酸っぱくして言われてきたけれども、
大学に入った頃から、いつしか守らなくなって長い時間が過ぎた。今日もまた、同じ踏切を通った。
小雨が降っていつもより闇が立ちこめた夜に、踏切はよく目立つ。
目を離せば田んぼにつっこみそうになる周りにはろくすっぽ街灯はないのに、
踏切はちょっとした窪地になっていて、ブレーキを掴んでいないと勝手に自転車が前に滑り出す。
自転車のサドルから雨粒を適当に払って腰掛けたお尻の冷たい感覚が今になって忍び寄ってきた。
じれったさを感じながらしばし待っていると、貨物列車の聞いただけでわかる重苦しい車輪音が近づいてきた。
手を伸ばせば届きそうな近さを猛スピードで貨物列車は駆け抜ける。
コンテナを積んだ客車と積んでない客車が交互に通り過ぎ、それだけで息苦しかった。
ふと、この右手のブレーキを緩めたらどうなるのか想像してみた。車輪は軽く遮断機を押し、そして客車に触れるだろう。
タイミングがうまく合えば、ちょうど客車と客車の隙間に挟まるかもしれない。
時かけだったら、綺麗に身体を投げ出されていただろうけど、この場合だったら、自転車ごと身体をどこまでも引きずられて、
半身が擂り身になるのかな。バイク事故で傷を負った知人の裸身を思い出した。
遮断機もなかった時代、大叔父さんはどんな飛び込み方をしたんだろうか。恐る恐る?思い切って?
どうにも実感が掴めなくて、戸惑うと、じゃあ試してみる?と自分じゃない自分が囁いた。
支える左足も掴む右手もおっくうだから全部離して、そのまま進んじゃえば?
...目の前が急に明るくなってはっとなって顔を上げるとトラックが反対側に止まったところだった。
踏切の警告音はいつのまにか止んでいた。自転車を降りて、自転車を道端に寄せてトラックをやり過ごした。
自転車にまたがる気持ちになれなくて、押して帰った。