2012-06-25

ジョジョ第5部でローリング・ストーンズの話が必要だった理由

ジョジョ第5部で、ローリング・ストーンズの話って必要だったか

 ボスを倒して第5部完で良かったんじゃない?』

みたいな意見を見かけたので、自分なりに書いてみる。

 

ちなみに、俺はあの話は必要だったと思う。

 

ボスとの闘いまでのお話

そもそも、第5部の物語ってどういうものだったか

運命を操るボス運命を読み、都合の悪い運命を書き換える)に

運命奴隷である主人公たちが、闘いを挑む話だ。

 

ゴールドエクスペリエンスレクイエムとの闘いで、ボス自分運命、帰るべき自分人生永遠に失った、

ここまでが「運命を操るボスの転落」のお話

バトル漫画としては、わりと普通お話

 

 

ボスとの闘い後のお話ローリング・ストーンズ

その後、ローリング・ストーンズの回で語られているのは

運命奴隷である主人公(と我々)」のお話だ。

参考→ "ジョジョの奇妙な冒険・感涙名場面50選(5)第5部後編"

 

運命を読める人、スコリッピローリング・ストーンズの本体)にとって、

人生は虚しいもの、あるいは価値のないものに見えていたわけだ。

 

だが、運命に立ち向かうミスタの姿を見て、彼は考えを改める。

人は運命奴隷かもしれないが、その人生には意味があるかもしれない。

その姿は他の誰かの希望となるのかもしれない、と。

 

「変えられない運命があったとしてもなお、人生には価値がある」というメッセージ

描いたという意味では、良いエピローグだったと俺は思う。

あんまり、バトル漫画っぽくないテーマだけどね。

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