はてなキーワード: 四季とは
従来の歴史学では、メソポタミア、エジプト、インダス、中国が世界の4大文明と言われ、日本は文明を中国から教わった後進地域と言われていました。しかし、この歴史観を近年の考古学が覆しつつあります。
我が国の縄文時代の始まりは、今から一万六千五百年前とされています。これは青森県の大平山元一(おおだいやまもといち)遺跡で、わが国最古の土器が発掘されたことによります。この終期はおよそ三千年ほど前で、そこから弥生時代が始まります。従って、縄文時代はおよそ一万四千年という途方もなく永い時代です。このことはキリスト歴の始まりからまだ西暦で二千年と少ししかたっていないことを考えれば途方もなく永い期間であったことが分かります。
あなたはご存知でしょうか。縄文人による世界最古の科学発明品を。この最古の科学発明品は、当時から2万年を経た現在でも最新・最先端の材料として使われています。この世界最古の科学発明品は「宇宙船」に貼りめぐらされています。また、2020年にはロシアで4000℃に耐えるこの「最古の科学発明品」が発表され、話題になりました。
ではその、縄文人が発明した「世界最古の科学発明品」であり、最新の宇宙船にも使われるものとは、「土器」、またの名を「セラミックス」です。「土器」と聞くと、「大したことがない」と感じるかもしれませんが。実は「土器」は人類の運命を2つの意味で大きく変えた代物です。
まず1つ目の理由ですが、
実は土器はただの「土の器」ではありません。本来は水に溶けてしまう粘土を、水に浸けても溶けない、そして耐火性を備える器に化学変化させているのです。土器、陶磁器、ガラス、耐火レンズは総じて「セラミックス」と呼ばれますが、この「セラミックス」こそ、人類が科学で得た最初の道具、材料です。つまり、人類が科学を応用したものこそ土器だったのです。
また、「土器(セラミックス)」はもう1つの意味で人類の運命を大きく変えました。それは、土器が世界最古の科学発明であると同時に、「食の料理革命」でもあったからです。というのも、土器が発明されるまでの古代人は、生で食す以外の食べ方は、焼く程度のものだったからです。
しかし、土器が生まれたことで、この状況は一変しました。土器は硬い食物を柔らかくする
「煮る」という調理を可能にしたからです。その結果、さまざまな味付けもできるようになり、人類の可食範囲を飛躍的に拡大したのです。そして土器が生まれた結果、縄文人は現代の私達よりも豊富な種類の食生活を送っていました。
その証拠に、縄文遺跡からはなんと陸上動物60種類、魚類70種類、貝類300種類が出土しています。例えば、縄文人はイノシシ、シカ、クジラ、ウニ、牡蠣、アワビ、ゼンマイ、ワラビ、栗など、色々な食材を食べ、季節の旬に応じて自然から恵みを食していました。
もし土器(セラミックス)が誕生していなければ、このような食生活は実現できず、人類の運命は大きく変わっていたでしょう。ちなみに、日本人が四季折々の旬のものをいただく文化があるのも、日本料理に「煮っころがし」や「肉じゃが」といった「煮る料理」が多いのも、縄文の名残だと言われているそうです。
このような、世界最古の科学発明品である土器(セミラックス)を生み出した縄文文明ですが、
実はこのような事実は、縄文文明が世界中から注目される理由のほんの一例に過ぎません。
縄文文明が世界から注目される本当の理由は世界最長の1万年以上もこの文明が続いたからです。ではその、縄文文明がなぜ一万年以上続いたのか。この謎を解く鍵は、世界中の遺跡で見つかるのに縄文遺跡でだけ見つからないもののなかにありました。
この事実を知った時、世界四大文明とは全く異なる縄文文明の姿が浮かび上がり、日本人のルーツが見えてきます。
では、世界中の遺跡で見つかるのに縄文遺跡でだけ見つからないものとは一体何でしょうか。
それは「対人用の武器」です。つまり、1万年以上も続いた縄文文明において「大規模な戦争が起こらなかった」ということです。今は、西暦が始まってからまだ2000年と少しです。1万年というと、この5倍ほどの時間があったのです。にもかかわらず、その間戦争が起こらなかったのです。
世界史を見ると、江戸時代の250年の平和ですら、他に類を見ないほど珍しい時代です。その250年を遥かに超える1万年以上も戦争が起こらなかったのですから、もはや縄文文明は人類史の奇跡でしょう。
だから縄文文明は1万年以上も続いたのですが、縄文文明が他の文明と異なるのは、単に「戦争が起こらなかっただけ」だけではありません。
縄文文明以外の他の文明は、メソポタミア文明にせよ、エジプト文明にせよ、インダス文明にせよ、黄河文明にせよ自然を破壊しています。
例えば、今のメソポタミアやエジプトは、昔は森林地帯でした。特にメソポタミアはレバノン杉だらけでした。しかし今、私たちがメソポタミアに持つイメージはどうでしょうか。砂漠、あるいは荒地
という印象ではないでしょうか。それは縄文文明以外の文明が、自然を管理、支配し、破壊してきたからです。しかし、縄文文明は自然と共生し生きていました。
四季折々の旬の恵みをいただく食生活をしていたのも、その証拠の1つです。 要するに、他の文明と縄文文明の生き方は全く異なるのです。
すなわち、文明の持続可能性と言う点から言っても、縄文文明は、自然との和、共同体の和をベースにした持続可能な文明だったわけで、対して、黄河文明、インダス文明、メソポタミア文明、エジプト文明、長江文明などの世界の古代文明は、畑作、牧畜による自然破壊で、持続不可能な文明だったということです。
しかし、この素晴らしい日本人のルーツを戦後はGHQに消され、今や忘れ去られようとしています。日本人を日本人たらしめていると言っても過言ではない、縄文文明を想い出しましょう。
氷河期ど真ん中世代としては、新自由主義的政策を決定したのは当時の社会権力者層(バブル世代の更に上)なので、気付いたときにはどうしようもなかった。
けど、自分自身でそういった流れに迎合していたのも事実かなと思う。選挙でも与党に投票する氷河期世代は多かったはず。
社会人なりたての頃は、政治家には企業経営者のようなセンスと実行力が必要だなんて言っちゃったりしてた。今思うと恥ずかしい。
自分が派遣で大企業の末端営業になったときも、これからは正社員というのはどんどん減って、各業務領域のプロである派遣と、少数の経営者による組織体制が増えていくのだろうと想像した。そして派遣の給与もスキルや成果によって上がっていくものだと。
今思うと企業経営の感覚で政治やられたらたまらないし(企業が「市場ではない」と切り捨てる取すてるところまでフォローするのが政治だ)、竹中平蔵の綺麗事のような未来は来るはずもなかった。新自由主義なんて結局、エリート主義の言い換えにしかならなかったんだなと思う。
誰も自分たちの境遇が悪いものだとは思いたくないから、その立場を正当化するための言説に流れてしまう。あらゆるものが貧しくなり気候変動も酷いのに「日本には四季がある」と誇っちゃうのと同じ。
例えば麻生
日本政府は日露戦争で戦費を海外から借金したが英米銀行団、ジェイコブへの完済は1986年。
大戦を経て80年、どれだけ時間がかかっても返した、これが信用だ、日本凄い
こーゆー談話や言説はよく見る
日本人は愚直で誠実で勤勉で真面目だと
うん、ウソです
そりゃ払うわ
一つは軍票
日本は戦前戦中に正貨流出を抑制するため莫大な軍票を発行し外地における支払いに充てた。
記録に残るものだけでざっくりと国家予算25年分も乱発したわけだが、これ一円も償還してません。
日本政府の建前としては、戦後賠償でまとめて払う、払った、なんだが。
当時の国家予算が1兆円でもっとも額の大きいフィリピンに対して1900億円
ちなみに、日清戦争では日本は1万人の戦死者を出して、その賠償請求として中国(清)から国家予算4.5年分の賠償をもぎ取った
搾取してボロ儲け。
ところが日本以外の先進国では第一次世界大戦以降に雲行きが変わった。
有色人種は犬猫と同じ、動物に人権を付与する必要はない、という旧来のロジックはもはや維持不可能だった。混血児もガンガン産まれてるし。
植民地の住民にも人権を付与しなければならない、社会インフラを整備し教育を施し。
イギリスは20世紀初頭から植民地を切り始めた、勝手に独立せぇ、連邦に残りたけりゃ残してやるが国家運営は自分たちで好きにしろ。中東は続々離脱
アメリカも同じ、フィリピンから大量の人や廉価な農作物がアメリカ本土を侵食し始めた。
同じ国内という建前だから関税やら人の移動への制限はかけられない。
たまらん、つーことで、1934年にフィリピンを切ることにした、アメリカ議会でフィリピン独立法成立、大統領署名。
フィリピン(独立)政府がフィリピン憲法発行したらその10年後に国家独立、延長は無し、というもの。
翌年1935年にフィリピン準備政府はフィリピンコモンウェルス(憲法)発行、州政府発足、10年後に国家独立確定。
この州政府の独立性はアメリカ合衆国の「州」よりも高い自治権が設定されている。
争いが嫌いなフィリピン人、フィリピン政府は国防の方針を中立化と定めた。
軍事力に国家リソースを割く余裕が無い後発国はこの選択しか無い。
現在も英連邦に所属するカナダのカナダ軍の統帥権(カナダ軍最高司令官)はイギリス国王なんだが、
当時のフィリピンの国際収支を見てもアメリカの傀儡、搾取の痕跡はゼロです。
ってところに1941年、皇軍は「可愛そうなフィリピンを救ってあげる、大東亜」で軍事侵攻
抵抗する軍事力が無いフィリピン政府は秒で「Open City」(非武装都市宣言)の無条件白旗。
当時フィリピンの人口は3000万人、殺しに殺して111万人を殺し
(米軍の砲撃によるものだと言うアホがいるが、日本が軍事侵攻しなけりゃ米軍はフィリピンを砲撃しねぇわバカと先に答えておく)
日本は二年間フィリピンを傀儡したが、フィリピンの人口統計はこの二年間だけ見事に欠落している、資料が残ってない、誰が燃やしちゃったんだろね。
日清戦争は1万人で4.5年分
日清戦争の戦後賠償では、中国の「払えない、待ってくれと、勘弁して」の訴えに軍艦を横付けして脅した
日本の学校ではイギリスが中国人をアヘン漬けにして滅亡させた、とミスリードを誘う教育をしている。
第二次世界大戦の賠償交渉で日本は「わいら焼け野原、みてこれ、空爆されてなにも残ってない」
当時は衛星写真など無い、地上からの撮影、空撮しかなく選別切り取りが容易。
うん、ウソ
米軍はすでに制空権取ってるから低高度からの精密爆撃ができた。
釜石の高炉は古いものだけ破壊され最新の高炉は戦後すぐに復旧している。
これは経済、工業統計でも明らかで日本の工業力は戦争で3-4割しか毀損していない。
ちなみに日本が戦後に工業統計や戦時被害を公式に集計し発表したのは賠償の7割を占めるフィリピンとの講和条約締結後の昭和31年から。
アメリカ政府の意図は早期に復興させてうまい汁を吸う気だったからね、案の定
アメリカは戦後利権を独り占めするために焼け野原の写真を世界にばらまいた。
日本は四季があって水道水が飲めて天皇が統治して国民は清廉潔白高潔
うん、ウソです
二季しかなく、水道水は放射能とPFASで汚染され天皇は戦争責任を負わずに居座り国民は居直り
なんか反論ある?w