はてなキーワード: こんにちはとは
近所に東京ドームがあるから、週末そこを通るとしょっちゅうコスプレイベントやってるんだよね。
俺としては知らないキャラクターのレイヤーに話しかけるのは失礼だと思っちゃうからいつもは遠くから感心してみてるだけなんだけど、
いつも見て思うのは、やってる人らが本当に楽しそうにしてるって事。
趣味を分かり合える人と同じ事をやって盛り上がっていられて、本当に楽しそうだなあと思う。
うらやましいよ。
自分が知ってるキャラのコスをやってる人がいたらぜひ話しかけたいと思ってるんだけど、
なかなか機会がないんだよなあ。
それに内輪で盛り上がってる感じで話しかけづらいし。
「こんにちはー!○○のコスですね!すごいっすね似合ってますね!写真撮っちゃってもいいですか?」
なんて、コスプレ会場で場違いなユニクロ着てるおっさんに話しかけられたら、
迷惑だろうかやっぱり
先日、高校の同窓会に行って恐かったというか、びびったこと。
Aとはもともと中学、高校で同学年だった。同じクラスになったことも1度ある。
私がAについて知っていたことは、ほぼ噂程度で、大人しいとか人見知りだとかちょっととろいとかその程度。後は非常に口が悪い人と友達であるとか。
浪人して予備校に入ったところ、その人が居たのでこんにちは、と挨拶した。向こうもこんにちは、と返してきたので少し世間話をしてみた。
Aはもともと大人しい人で友人Bの友人でもあったが、私はあまり話したことがなかった。
今日は暑いねとかたわいもない会話だったがAはなぜか途中でこっちを見なくなり、私は嫌われてるのか、とショックを受けた。
特に嫌われるような事をした覚えもなく変な話をしたわけでもなかったので、もやもやしつつその場を離れた。
こちらから話しかけたりはしなかったし、向こうからも話しかけられなかった。
時々Aを見かけたが、大抵一人で周りを拒絶しているかのような雰囲気で、何か恐かった。
噂はいくつかあって、おどおどしてていうざいとか感じ悪いとかフィギュア収集が趣味とか、決していい物ではなかった。
予備校では追いつめられた人も少なからずいたけど、それとも違う感じで関わりたくないと思うようになった。
大学に無事入学し、後期も半ばという時に友人Bと遊んだ。
Bが言ったことにびっくりした。
「この間Aとあったんだけど、クリスマス3人で集まったりしたいなーっていってたよ。予備校で仲良くなったの?私全然知らなかった」
「いや全然話してないよ。でも私、なんかあの人に嫌われていると思ったんだけど。」
「全然そんな感じじゃなかったよ。むしろ君に好感もってる感じ」
それで予備校で会ったときに話しかけた話しをしたところ、
Bは、「あの人具合悪いと愛想悪くなるから。クラブでもそうだったよ。それじゃないかな。
でもあの状態のあの人は確かに嫌だよね。私はもう慣れたけど。じゃあクリスマスの話は断っておくよ」
予備校時代の雰囲気から考えると具合が悪いとかそう言う感じではなかった気がしたが、AとBは友達なので悪口をいうようなことはやめておいた。
しばらくしてAがBに私の連絡先を聞いたが、Aが苦手であることを正直に話して忙しいからとBに断ってもらった。
この2年後ぐらいにAの暴言が原因でBがAを縁を切った。謝ったら許そうかとも思っていたらしいが、結局Aは謝らなかったそうだ。
Bと話をしていたら、Aが話しかけてきた。Bと仲直りしに来たかと思ったが私に話しかけてきた。
世間話をした後、再度連絡先を聞かれた。本人を目の前にすると断りにくかったけど、忙しいからと断った。
Aはまだ話そうとしてきたが、逃げた。
それだけといえばそれだけだけど、ちょっと恐かった。
Aは女だからちょっとで済むけど、男だったらと思うと恐ろしい。
誠実そうにみえましたが自分の好みとは違っていて・・・、ってダメじゃないですか!断られてますやん。
キープ、という状態は、メールはするけど会ってはもらえない、という状態なのでしょうか?
「メールで好感度をあげつつ、相手の情報を入手し、今度は2人で食事する」
という感じですかね。これはおかしくないですか?
前書いたように、プライベートな感じに話を進めるやり方がよくわかりません。
とりあえずで「こんにちは。けっこう雨降ってるね。」みたいに挨拶はできても、そこからどうやって、休みの日はどんなことしてるの?という質問に繋げればいいか・・・。
痴漢体験者のサイトが痴漢専門エロサイトにリンクされたとかで、自分のブログには書きたくないので、ここで書くことにした。
痴漢というと、電車でお尻さわさわというパターンが報道でもエロ漫画でも王道のようだけど、私は満員電車での通勤経験がない為、その経験は一切ない。
が、人に話すと、お尻触られるどころの話ではないまごうかたなき痴漢行為に遭っていたらしい。それも何回も。
よくあるパターンはこれだ。
朝、自宅から駅まで歩いている途中に、すれ違いざまに男に胸を揉まれる。触られるなんでもんじゃない。わし掴みだ。がしっと。
こっちは呆然。今なら追いかけて後頭部でも殴ってやろうか、と思うが、当時、まさか自分が、白昼堂々こういう目に遭うなんて…と呆然自失。
我に返るも、電車の時間は刻一刻と迫っている。なので煮え切らない思いを抱えながら駅へ向かった。
その1ヶ月後だろうか、同じような目に遭遇したが、遅刻寸前で駅まで小走りになっていた私は、振り返って男を追う余裕はなかった。
いずれの場合も、春~初夏とはいえ、私は決して胸の谷間を強調するような、グラビアのようなファッションではなかった。
ごく普通のオフィスカジュアルである。トップスは白シャツがカットソー。勿論襟周りは鎖骨がかろうじて見えるか、という程度。
スカートは膝丈のタイトスカートで、エログラビアやAVにあるような太ももまでのスリットなど入っていようはずもない。
顔は我ながら醜女だし、もうごくごく無難な事務員OLのスタイルであった。
当時私は20台の半ばだった。
地元の駅周辺でだけ起こる現象かと思ったが、そうではなかった。
人気の絶えた繁華街や、昼間の路地裏でも、同じような体験を何度かした。
別のよくあるパターンは次。
これは夕方が多い。
相手は露出狂だ。
直接何かされたわけではないから、これは痴漢に入るのだろうか?しかし私にとっては立派な痴漢だ。
夕方だったり、外勤先だったり、あるいは地元の駅付近で、寄り道先で、何度も何度も、そしらぬ顔で私に近寄り、ふと視線を落とすとファスナーから取り出したブツをプラプラと振り、私になすりつけてきた男たち。年齢は20代から高齢者まで、様々だ。
子供の頃にもこんな男達に何度かあった。
にこやかに歩み寄ってくる男に、子供の私は不審を感じず、こんにちはという挨拶に、オトナに習ったとおりに、こんにちは!と元気に返した。
しかし視線を目線(小学生女児の目線は成人男性の腰あたりだ)を戻すと、ぶらぶらとアレがぶら下がっていた。
その時も、大人になってからも、私はびっくりして道を戻り、遠回りして帰った。
特に、満員電車での痴漢以外は、報道されることもないせいか、人に話すと、「そんなこともあるのか」と驚かれる。
私にとって痴漢は、今だって『今そこにある危機』だし、悲しいくらい『よくあること』だ。
どうしたら彼らのような人間を生み出さずに済むのだろうか、とよく考える。
防ぎようが無いのか。
だったらもう、その行為を我慢できない人は、一生隔離してほしい。
痴漢に遭った後の落ち込みというと、どんな楽しかったことも、これからのお楽しみも、一瞬で喪失してしまうものだ。
なんでこんなくだだらない奴のことで、男のこと嫌にならなきゃならないのか、と悲しくなる。
男の全員がそうじゃない、なんて当然理性ではわかっているけど。
痴漢体験は笑い話じゃない。
山頂での生活は「必要ないものを明確にすること」から始まる
こんにちは。http://anond.hatelabo.jp/20100621122217を書いた人です。
今日は、ほどよく涼しくて風が気持ちよいですな−。
みなさんにコメントをいただいたので、読んでみました。ありがとう。
結婚とか、子育てとかはしないの?といったものが多いですね。ふむふむ。
えっと、
山頂での生活にも色々な形がある
と思うです。
性欲はもちろん、子育て欲も本能かなーという気がするので、山頂に順応してる人でも結婚して子育てしてるってケースはありえると思われます。
いや、むしろ、山頂に順応していたほうが暖かい家庭が築ける可能性が高いんじゃないかなと思ったり。
「日本人よ、もっと登れ」というスタンスの人々をイメージして欲しいのですが、彼ら彼女らの全員が幸せな家庭を築いていそうでしょうか。うーむ。
「もう登る山はないんだ」と割り切ってる人は全員が幸せな家庭を築けないのでしょうか。うーむ。
卑近な例を出せばね、勝間さんどうよ?みたいな。ごめん。例が極端だね。
「山頂での生活」っていうのは、「稼がない生活」「働かない生活」と同義ではないよ。あえてワンワードでくくれば「足りるを知る」かな。
「あれもしたい。これもしたい。もっとしたい、もっともっとしたいー」じゃないってことね。(ブルーハーツ)
だから、よくよく冷静に、「自分や家族が本当に幸せになるために必要なこと」はなんなのかを考えることがとても大事だと思うのです。
ただ、これって下手すると「自己分析(笑)」が始まってしまって、「自分探しの旅」に行き着きそうなのですが、そんな大げさなことはしなくていいの。ちょっと考え方を変えるだけ。
いま自分がしたり買ったりしているものは、本当に必要か?
を考えるだけです。「片付けのコツは捨てることだ!」みたいなもんです。全然たいしたことないでしょ。「これであなたも貯金ができる!」みたな内容がうすっぺらーい本に必ず書いてありそうでちょっとイヤなんですが、これなら、日々の行動でちょいちょい考えられるでしょ。
休日に奥さんと車で買い物に行きました。「はて、車は本当に必要かな?」とちょっと考える。お店に入ったら「はて、これを買おうとしたけど、本当に必要かな?」とちょっと考える。奥さんが「子供を塾に行かせようか迷ってるんだけど」と言われたら「はて、それは本当に必要か?」と考える。
ちなみに、以前の私は、ほとんどの買い物はストレス発散のためだったのでした・・・。ガーン。
そんな風に生活していると、なんかココロがすっきり爽快になってくるから不思議。余計なものをそぎ落とした生活って気持ちいい。
で、奥さんや、子供に話しを戻すとね、今の僕には妻や子供は「どうしても必要!」なモノではないのですが、「こいつはかけがえのないヤツだな」と思う女の人と巡り会ったりすることもあると思うので、そのうち結婚しそうな気がします。子供がかけがえのない存在であることは十分承知しているので、子供つくったりしそうな気がします。で、必要となるおカネが少し増える気がします。
って絶対言われるよね。これ。
まあ、そうかもしれないけどさ、「人生山あり谷あり」なのは当たり前じゃん?おカネをかければ買えちゃう商品化された教育をしたくらいで、子供の人生の谷を無くせるわけがない。オレ、本当に大切な教育って、おカネで買えるようなもんじゃないと思うとです。
「谷になったら適当に好きな歌でも歌ってごまかすしかないよ。で、ごまかしてなんとか生きていればそのうち山がきたりもするべさー」てな具合で、ゆるたくましく生きていける竹のような柔軟でしなやかなココロを持つ子供に育てたいです。そういう教育ってそんなにおカネがかかるの?そうでもないと思うんだけどな−。どうなんだろ。子供いねーからわからん。
まあそんなかんじで山頂の生活を楽しみたいなと思ってます。