語義の説明だけならそうなのだけれども、語の運用に関しては例文を見るのが手っ取り早い。たとえば、こういう文脈では使わないとか、たいていこういう組み合わせで使うとか。そして、そういう語用論の中にこそ語のニュアンスがひそんでいる。
というか、実際問題として、辞書で語義の説明ばっかり読んでて例文をあまり覚えなかったりしたら、いつまでたっても英語が使えるようにならんでしょ。読む聞くも、書く話すも。
だいたい、語義の説明が辞書のようにできなくても語を使うことはできるわけよ。日本語の単語ひとつひとつの意味をわれわれが辞書のように明確に説明できるわけではないけれども、意味を把握して使っているわけでしょ。むしろ語の意味は定義によって決まるのではなくて語のネットワーク(語彙構造)の中の位置によって決まるという考え方も有り得るわけで。