2021-10-15

10月26日が楽しみでならない。

皇室にもゴシップにもワイドショウにも興味はない。

それなのに、いやそれだからこそか、楽しみだ。10月26日が楽しみでならない。

人間ただのいっこいのちであることはできない。

どこのだれなのか、わたしたちを名付け、意味づけるものは、まるでこの皮膚にべったりへばりついたように剥がれがたい。

それでも、時折、人がただひとついのちとして、瞬間の輝きを見せることがある。

名をなくし、意味をなくし、ただ強烈に光る。ただただ強烈な輝きを放つ。そういうことがある。

いけすかない野郎からなんだというのだろう。気味の悪い母親だとしてだからなんだというのだろう。世間知らずの愚かな娘だとして、どうだというのだろう。

生きて、喜びに叫べばいい。

躓いて、泣き喚けばいい。

それらはすべて光に変わる。より強く強く光ればいい。

その光を頼りに歩きだす者もいるだろう。

ただ茫然と眺める者もいるだろう。

自分もと光を放つ者もいるだろう。

どうせいずれすべての光が消えうせる。

10月26日が楽しみでならない。

身体の奥底から叫んでくれ。

そのかすかな響きを遠くで祝おう。

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