「食っていける」は数量化が難しいと思ったので、その部分は聞き手の直観にぶん投げました。
というか、そこが曖昧なので「勉強ができる」から「頭脳労働で食える」へのフィルターの細かさ(厳しさ)が見えにくい、というのがもともとのこのたとえ話のモチベーションで、
それを「成功例としてわかりやすい甲子園球児」と「彼らのほとんどが野球では食っていけないことが可視化されるドラフト」のイメージで伝えよう、という意図ですね。
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「食っていける人」の数を考慮してないのは致命的では? 「頭脳労働」のパイは「野球」と同程度なんですか?
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