気持ちは分かる気はするんだが、やる気なく生きる自由もあると思うんだ。○○を知らない、食べないなんて人生損してる、みたいな言説は増田も鬱陶しく思うんじゃないかな。
何かできるとしたら、ただ楽しそうにしていて欲しい。それで興味を持ったら聞いてくるだろうし、図書館や映画館での自分に合うコンテンツとの出会い方も、知りたければ聞いたり覚えていったりするんじゃないかな。親の文化資本に似たものを、多数の友人から少しずつ得ていったり、得なかったりする。
自分も本は好きだけれど、映画は友人が勧めてくれるものを観る程度。予告で気になるものがあると続けて観にいったりはするが、あまり定着しない。でも全く無いよりは、友人がいてこそ観たものもあるのは良かったと思う。その程度だし、その程度がいくつかあって幸福だと思う。
なんか何が言いたいか分からなくなってきた。増田の友人は増田がいて幸せな部分も影響を受けない部分もあって、それでいいんじゃないかな。