2020-11-30

カツラ=恥 という感じはどうやって生まれたのか

カツラは恥ずかしいとか、カツラがバレて笑われるとか、カツラがズレて笑っちゃう

とかそういう感情というか考えってどうやって生まれたのか気になった。


例えば義眼の人がいたとして、義眼がバレたり、義眼が落ちたりしても、それを笑うという文化

はないと思うがカツラに関しては、つけることも、バレることも、落とすことも、羞恥や「笑われ」に繋がる文化がある。


なんでこれが生まれたのだろう。


ひとつ考えられるのは髪はなくても日常生活に支障のないものということだろうか。必須でないものを美醜の観点からカツラという形で

補っている点で羞恥や「笑われ」に繋がってしまうのだろうか。とはいえ当の本人からしてみると死活問題であり、例えば顔に凄いやけどの痕が

ある人がそれをお化粧で隠そうとする気持ち根本の部分は同じであると思うのだ。



もう一つはこれまでの笑いの文化の中で、カツラが滑稽なものとして扱われ続けた文化背景の大きさだろうか。

  • サザエさんの時からそうだからすげー前からある文化っぽいじゃん

  • カツラっていうより「ハゲ」じゃない? んで、なんでハゲが馬鹿にされるのかというと、それが男にしかほぼ起こらないから、だと思うなぁ

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん