隣に座ったのは大きく×印が書かれたマスクをつけた女の子だった。少女は頭で小さく礼をすると、わたしの隣に腰掛けた。
×印は太めのマッキーで書かれたようで、ところどころ線が震えていた。
「ミッフィー?」
わたしが訊くと、少女は首を振った。黙ったままわたしに目で微笑みかけた。
「じゃあ、ナインチェ・プラウスかな」
少女は首を傾げた。「それって」言い掛けて、慌てたようにマスクを手で抑えた。それからしばらく、わたしたちは黙ったまま窓口に並ぶ行列を眺めた。
「言葉は出しちゃうと自分のものじゃなくなるんだって。取り返せないの」少女が囁いた。「だから守っておかなくちゃ」
「それは言ってよかったの?」
わたしは訊いた。少女は笑って頷いた。人好きのする、活発そうな笑顔だった。
「これはあたしの言葉じゃないから。本で読んだの。さあ、さっきのを教えて」
わたしたちは話をした。おもにわたしが話し、少女は頷いたり微笑んだり、首を傾げたりした。わたしは話しながら、自分の言葉が彼女のなかで色とりどりに彩色を施されるのを想像した。わたしも口を噤みたくなったが、それにはもう、ひとに多くを喋りすぎてしまっていた。
anond:20180603121920
少女の青春もの書くのうまそう
さあ、さっきのを教えて どういう意味?
春樹、ようこそ
角川春樹「呼んだ?」
村上春樹「おめ~じゃねえよ」