サディズムとマゾヒズムは元々同じものだという話がある。フロイトが言ってるんだけど。
害を加えたいと思うサディズムが、自分に害を加える自傷的な段階を経て、害を加えられたいと思うマゾヒズムに至ると。
これはサディズム=能動、自傷=中動、マゾヒズム=受動の構造で、国分功一郎も「中動態の世界」で言ってる。(多分。読んでない。)
これを自殺と殺人の関係に当てはめると、自殺と殺人って本当に近いと気付かされる。
「殺したい」が「死にたい」を経て「殺して欲しい」に至ると。
誰か座間の事件に絡めてこのあたりの論考書いてほしいな。
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