1年に何度かしか帰れず、最後に帰ったのはいつだったのかもろくに思い出せないのだ。
だから、結果的に最後のお別れになってしまったときがどんなだったかもさっぱり思い出せない。
いつものように、家を出る僕に「頑張ってね」と声をかけてくれたのだと思うが、
それが今生の別れになるとわかっていれば、もっとなにかできたのに。
などと無茶なことを考えてしまったりしている。
もはやおばあちゃんにしかわからないご先祖さまのお話について、
何日にも渡ってインタビューできたのは良かったと思う。
音声もバッチリ録音してある。
これはこれからも生きて行くはずの僕の宝になるだろう。
これから寂しい気持ちになったとしても、とりあえず声は聴ける。これがどんなにありがたいか。
すでにいま、すごく寂しいんだけどね。