2015-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20150310111011

同じ年収でも十分と思う人もいれば、足りないと思う人もいる。

まり客観的条件には夫婦生活に期待する生活水準文化

といった主観的価値基準が不可欠になる。


で、生活水準とか価値観の一致が夫婦生活必要なのは尤もだけど、

そういう基準で相手を選んでる時点で既にモノ扱いではなくて、

明らかに人格を認めた上でのパートナー選びになってるだろ。

記事への反応 -
  • 人と上手くやっていき続けることはどうしたって難しいけど 互いにモノ(というか役割を果たす契約)として認識しているのなら、そちらのほうがよほど円満に生活できるだろう。

    • 互いに役割を果たす契約ってビジネスパートナーのような関係って意味に介した上で話すけど そういう割り切った関係って些細な行き違いや誤解で簡単に破たんするんだよ。 ちょっとし...

      • ビジネスパートナーにだって損得勘定を超えた付き合いってもんがあるだろ。 それでもベースは損得が合ってないと話にならないという所がある。 情はあとでもいいし、どうしても湧か...

        • 条件が合ってるかどうかの基準がそもそも客観的じゃないし。 周囲は条件が合ってると思わないカップルが結婚することなんて日常茶飯事だし。

          • 条件が客観的である必要はどこにもないだろ。

            • 同じ年収でも十分と思う人もいれば、足りないと思う人もいる。 つまり客観的条件には夫婦生活に期待する生活水準や文化度 といった主観的な価値基準が不可欠になる。 で、生活水...

      • そんなに簡単に破綻させるような人は最初から結婚しないよ。 ある程度の行き違いはあって当たり前という前提で、それでも納得できる条件の相手だから結婚するんだ。

        • >ある程度の行き違いはあって当たり前という前提で、それでも納得できる それはわりと相手の人格に価値を置いてる態度では。少なくともモノ扱いではない。

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