女が「あの人いい人だよね」とか言うときって、実は人の良し悪しを意識して言っているんじゃなくて、
「あの人《私たちと違って》いい人だよね」という意味合いが大きい気がする。
「いい人」に対する「わるい私たち」(恋愛対象の男含む)が言外に想定されていて、
その立場から相手を見ているのだ。
だから、「あの人いい人だよね」はつまり「あの人私たちと違うよね」であり、
ぶっちゃけ「あいつ異質だよね」で、
要するに、「いい人」と言われることは、
「お前はアウトサイダーだ!」と言われているのだと思ったほうがいい。
自然な本能として、自分たちと違う異質な人間に対しては残酷になれるし、
敬遠したり冷笑したりもするし、
バカにしたり無邪気な動物みたいに扱ったりもするだろうし、
なんていうか感情移入できなくてとても客観的になってしまうよね。
こういうことは白人以外の外国人に対する一般人の態度を思い浮かべてみれば良く分かるだろう。
もちろん外国人であることは悪いことではないし、
同様にして「いい人」であることも悪いことではない。
「いい人」たちは、そんな異物を抱えてどう生きていけば良いのだろうか。
企業が賃金雇用を増やさないのは不景気(が続くという予想)のせいでもあるわけで労働者の自己責任にするのも間違いなら企業のせいにするのもおかしいと思う。自社だけ賃金上げても競争に負けて潰れるのがオチ。みんなが消費増やして賃金上げるように促すためにマクロ経済政策があるわけでこれは政府がやるべきこと。麻生政権は日銀出身を日銀副総裁に選んだり増税派与謝野を経済担当にして数年後の増税を明言して小規模なバラまきをするほどやる気なさ杉てだめと思うが、デフレでも利上げを公約したり、低金利を理由に日銀総裁をやらせないような民主も期待できないんだけどね。
普通じゃないかもしれんが、うらやましい性質だね。
http://anond.hatelabo.jp/20081111233659
その前提は今初めて聞いたよ?
私が今までで聞けたのは「おっぱいと認識できるおっぱいしか、おっぱいと認識できない」
だから。
「女性の胸は全ておっぱいと認識できる」とは、まだ聞いてないけど、この前提も実は隠されていたってこと?
あとそもそも、私は「非論理的では?」といってるんじゃなくて、
トートロジーじゃない?って言ってるだけだよ。トートロジーなのは別に非論理的ってわけじゃないからね。
要するに、最初、おっぱいについて特に条件も何もかかれぬまま「たいしたことないおっぱいなんてない」という主張だけが提示されたときは、「おっぱいは全て素晴らしいんだ」というある種のおっぱいに対する博愛主義的な態度を示しているんだと思ったのね。だから、私のおっぱいだって、素晴らしいんだ、っていう論理だと思ったわけよ。
しかしそのうち「おっぱい」はただ単に胸を指すのではなく、どうも独自の条件が付けられていると判明したわけで、そうなると全然話は違ってくる。論理的には、「増すだのおっぱいが好き」を「(増田の胸がおっぱいであった場合には)増田のおっぱいが好き」って風に解釈すれば、一応通るけど、そうなると、最初の博愛主義的な態度は実はそうではなく、条件付きだったわけね、ってことになる。おっぱいで話をすると紛らわしいけど、ようは「全ての女は美人だ!」「ブスな女性だっているじゃん、この人は?この人とかは?」「いや、それは俺的には「女」じゃないから」って言っているような感じ。論理的に筋が通ってることは通ってるけど、トートロジーっていうかね。その条件は最初に述べておいてもらわないと主張の方向性が全く別のものになってしまう。そういう事をいったんよ、つってももう、最初に書いた人とそのあとは違う人(ていうか全員別かもしれんわなそりゃw匿名だしなw)と分かった今は、それも意味のないことなんだけどね。最初の人は少なくとも違うらしいから(それも分からないっちゃわからないけどとりあえず信じるとするなら)。
って思ったら、
http://anond.hatelabo.jp/20081111233544
ああ、最初の人と一貫してると思ってたら、途中から違う人になってたのかwww
だったら主張に一貫性がないように見えたのも納得だ。
違う人だったんね。はーすっきりした。
君は私の言いたい事を分かってくれてるようだw
下向いちゃうしww
自称高級車乗りならせめてBMW乗って欲しい・・・
家(高級住宅街)とかで迎えにこられたら・・・・もう最悪ww
常識的に考えて欲しいだけなんです!
レクサスで迎えにこられた時の恥ずかしさとか分かる?
あのね?たとえば週末10??20人ぐらいでパーティとか行くでしょ?
それぞれ彼氏の車とかで来るわけじゃない?
みんな普通にminiやキャデラックやアルファロメオや空冷ポルシェで来るわけでしょ?
だから、ある人がある女に「いい人」と言われて恋愛対象からはずされたとしても、他の女からは恋愛対象になる可能性があるということ。
そうして全ての女が「いい人」にNOを突きつけたらどうする?
時折、魂の在処を考える。
魂の定義=人を人たらしめるもの。もしも魂が実在しなければ人間は、ただ生きて、ただ死ぬだけの肉の塊に過ぎなくなる。それを信じたくないから人は魂という目に見えないものを信じようとする。
魂は脳に宿るのか、それとも心臓に宿るのか。それとも、それ以外か。そして仮に魂が抜け落ちてしまったものはどうなるのか。そうなれば、まるでゾンビだ。動く死体。おれはいまだに弟が生きているのか、それとも動く死体なのか判らずにいる。
弟=交通事故の後遺症によって脳萎縮を起こし、それ以外の部分は健全だけれども、脳活動を著しく損なわれてしまった。その言動に以前の弟の面影はない。それは弟なのか。それとも、それは弟ではなくなったのか。
魂の在処は、どこだ。脳か。心臓か。それ以外か。そして仮に魂が抜け落ちていたら、それはなんになるんだ。おれはかれをなんと呼べばいい。まるで弟以外の別のだれか。それとも弟のかたちをした別のなにか。いつまでたっても判らない。判らない。判らない。
魂の存在を、どうやって証明する。その人を人たらしめる要素は何だ。その答えは誰にも分からない。我思う故に我在り。自分自身の存在の証明のみが人間の限界だ。そのうえさらに他人の魂の証明など、とても無理な話だ。
科学は魂を証明しない。哲学は魂を証明できない。宗教は魂を妄信するのみで証明しようとしない。なにもだれもかれも魂を証明しない/できない/しようとしない/してくれやしない。これはおれの問題だ。そして答えの出ない問題だ。
なにをもって弟を弟と証明するか。弟は、記憶は、ある。けれども違和感=弟の言動=以前とは異なる言動。言動/思考/感情を弟と定義するのか。けれども、そうしたら弟は、もはや弟ではないことになってしまう。それは出したくない解答だ。
魂は目に見えず、その証明は、不可能/目の前の人物は何者なのか証明できない。だからおれは実家に帰って弟と出会う度に強烈な恐怖に駆られる。もうすぐ年末=実家に帰らなくてはいけない。おれは問題と対峙しなければいけない。
魂は脳に宿るのか、それとも心臓に宿るのか。それとも、それ以外か。それとも魂など実在しないのか。であれば人を人たらしめるものは何だ。おれたちはなんのために生きているんだ。なんのために死んでいくんだ。
答えは出ないことは分かり切っているのに問われ続ける。問われ続ける。問われ続ける。たとえ、いつか弟が死んでも、その記憶に問われ続けるだろう。いつになったらおれは解放されるのだろうか。この証明問題に。
押し付けたとか書いてないだろ、ちゃんと読め。
人には相性ってもんがあるんだから、「いい人」だと思っても、深く付き合うには合う合わないがあるでしょ。
非モテ「ほうら見ろ!ネットもんた共はミソジニーや共感能力が無いのが悪いって言うけど、女性を蔑視しなくて共感性のある男性だってモテないじゃん(鬼の首を取ったよう)」