2011-02-27

体罰はあくまで手段。

手段に拘泥して目的を見失うのはあまりに愚かだと思う。

例えば「プールサイドでは走らない」というのがある。

それは何故かと言えば大人になった今ならわかる、滑って転べば痛いだけじゃ済まない事態にもなるからだ。

しか子供はいまいちピンとこない。分かっていても今目の前にある楽しさに気を取られて忘れてしまう。

じゃあどうしようか。

「言って聞かせる」「理解出来るまで辛抱強く指導する」

理念は美しいが、その瞬間だって子供達はプールサイドを駆け回っている。事故危険は未だある。

子供が理解出来るまで事故というのは待ってはくれない。

「ちゃんと事故が起こらないように見てないのが悪い」「口で納得させられない方が悪い」

理想存在を追うのはいいが、現実目の前にいない以上それはただの言葉遊び。迫る危険は何一つとして変わらない。

可及的速やかに事態を変えないといけない場面が往々にしてある。

それを叶える手段として選べるのは「可及的速やか」に合致する手段だけ。それが「体罰しか残ってないのなら迷わず使うのがあるべき道。

「大した理由も無く体罰を振るう」は責められて然るべきだが、「他に手段が無いのに体罰を躊躇して結果問題を放置する」にも責められて然るべきだと思う。

  • そうやって体罰を正当化したいなら きちんと科学的な根拠を示せってのに 根拠が無いなら「無い」と認めろってのに 難しいのかな。 これだから古い人間は困るんだ。

    • なんだってこう「科学的根拠」でしか物事を計れないんだろう。 「科学的根拠が無い=存在しない」という考え方しか出来ないんだろう。 ざっくり言えば教育論に科学的手法は存在しな...

      • 反応が少ないと自演したくなるよな

        • 横からだけど、魔法だろうとなんだろうと、同じ結果が100回やって98回ぐらい出るなら、それは、科学と言うんだけどな。 科学とは科学と言われているもののことではなくて、 ...

        • そりゃ認識を異にするな。科学ってのは論理的に証明出来てこそ科学と呼べると思う。 例えば鍼や灸。このツボは冷え性に効くなんてのは実際に効果があるらしい。愛用者も多いしあな...

          • 言ってることには大方同意なんだけど、ここでいう鍼灸みたいな方法や装置や現象の側じゃなく、 それらに対する論理的(あるいは理論的)説明の側を「科学」と呼ぶんじゃないか

          • 仕組みがわからなくても、統計的に有意義な数字が認められれば科学として認められるよ。 でなければ、分子の構造が分かっていなかった頃の化学が非科学的になってしまう。 物理学だ...

            • 統計ってそんなに信頼できるもんじゃないよ。 経済学なんかでも「統計的に有意」なモデルなんて(モデリングと帰無仮説をいじれば)いくらでも作れるけど、経済学は科学かと言われ...

              • 横だが、そうなると薬学の臨床試験あたりも認めがたいことになるかな?

                • 実際かなり胡散臭いだろうね。 (詳しくないけど)生体反応回路的に効果があるはずだとか、そういう力学的な裏付けがあるならまだしも 純粋に統計的に効果がありそうという結果にな...

              • いや、統計的なモデルを用いた説明 じゃなくて、 統計的なモデルを用いた再現性だから。 経済学って、十分な母数で十分な試行回数って出来ないだろ。 経済そのもののスパンが数...

      • 社会学と心理学は肯定しておきながら、教育学や教育心理学は全否定なんだな。

    • こういう奴は「○○のデータについて帰無仮説××を検定して有意と判定されました」とか言ったら納得すんのかな。

    • 論点って、根拠じゃないの? 何故か科学的に引っ張られているが・・・ 根拠は、説得するためのものという認識でいるが 何が納得できないのかを言うべきでは 元増田は、例も挙げてい...

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