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2007-09-18

何で?白石END最高じゃん――らき☆すた最終回

少し前はてな界隈で話題になった「らき☆すた」は面白いのか論争を眺めてたら、面白くない派のヒステリックな反発が興味深くてとりあえず原作を読んでみた。

正直つまらなかった。

なんか日常のあるあるネタのオタっぽいやつ?

キャラもかわいいのか?萌えるのか?なんか変身後のあかりとか、金髪の晴子さんいるけど。

日常萌えのあざとさとしては「よつばと」に遠く及ばない。オタのあるあるネタとしては「さよなら絶望先生」のこれでもかとの鬼気迫る詰め込みようと比べるとあまりにぬるい。

そもそもオタネタって、「でもそんなことを言ってる自分こそ??」という永久ループの自分の背後取り。終わらないシャドーボクシングが面白いと思ってるんだが。「そういうあんた何歳?」「娘にエロゲーやらすな」程度のつっこみで今時のオタのハートが掴めると思うのか?っておおおおおおまえらこれがいいのかあああああってなんでだよおおおお

なんだよ、これで面白がってるのかよ、今のオタはと思うと急に不安になってきた。

昔「伝染るんです」というマンガが世代断絶の踏み絵として使われていたことを思い出した。私も「これが笑えないなんて老害」とか優越感ゲームに浸っていたが、そろそろ私も笑われる方の年になってきたということだろうか。

面倒くさいので細かい定義づけとかしないけど、オタって第一世代、第二世代に加えて第三世代が今増えつつあると思うんだ。

オタ第一世代と第二世代ってのは第一世代のオタ論客が主に使ってると思うが、ぶっちゃけ、自分の感覚と近いのが第一世代、ずれてきてるのが第二世代。程度じゃないかと。と、いうのはあんまりなんで、一つものさしとして「『萌え』が分かるかどうか」というのが割と使い勝手のいい踏み絵になっているように思う。

で、第二世代と第三世代。おおざっぱに言うと第二世代を象徴するのがPC、第三世代を象徴するのがケータイじゃないかと。インターネットに求めるものに情報の比重が高いのが第二世代。インターネットに求めるものにコミュニケーションの比重が高いのが第三世代と言えるかもしれない。

もちろん乱暴で無根拠な定義づけなので異論反論大いに結構。つかしておくれ。

まあいいや。疲れてきたので先に結論を言っておく。私にとって「らき☆すた」は原作はつまらなかったが、アニメ版は非常に面白かった。のに、なんだよお前ら最終回のあの反応はー。いいじゃんか白石。私は大好きだぞ。

って感じ。

アニメ版の何が面白かったかって言うと。

まずOP。最高。これは多分私ら第二世代にも異論は少ないんじゃないかと思う。曲、映像シンクロ度全てが高いレベルにあり、アニメ史上語り継がれるOPとなるだろう。

本編。原作で食い足りなかったオタネタだったが、かなり補強されている印象。というか京アニの自己パロディが多いらしいが詳しくないのでよく分からない。分からないから面白くないという訳ではない。分かったり分からなかったりするから面白いのだ。

オタネタというのは全然分からないのと全部分かるは等しくつまらないのではないかと思う。

そして、そして、らっきー☆ちゃんねる。これこそがアニメ版キモ。ぬるい日常からエキセントリックな言動飛び交う劇場。この対比が実に面白かった。

後半の白石実写ED。あのバカバカしいスタッフオナニーショーは第二世代な私は「ウゴウゴルーガ」を思い出した。好き勝手やってる感じがとてもよいんだが、ニコニコ眺めるに非常に不評のようだ。なんでだよ。

すげー尻すぼみの文章になったけど時間切れ。あとでなんか追記するかも。

にしてもこんなんで増田デビューかよ。とほほ

2007-04-02

年齢踏み絵

COSMODEの英知出版が倒産(4/2):アニメ産業とビジネスの情報 2007年04月02日

当該出版社が出版する成人向け雑誌グラビアに白い情熱を傾けた諸兄は色々物思うところがあるのではないだろうか。性的な意味で。

2007-02-15

[]なにを議論してるの?

披露宴マトリックス

http://anond.hatelabo.jp/20070215152000

非モテ全開やな。

全部読めと?

もう一度考えてみよう。結婚などというごく個人的な出来事を、友人皆が祝うべきなのか。幸せな我々を祝福するために、総員集合ーーー! などと号令をかけることが浅ましいことではないのか。披露宴とは何万円もの対価を払ってまで見るほどのものなのか、一日の時間を潰してまで行くほどの価値があるのか。友人関係は「私のためにこれだけ無駄なことをしてくれる」というような、踏み絵によって計られるものなのか。「結婚式」を欠席すると非人非扱いされるが、例えば「誕生会」を誰かがやったとして、それを欠席しても大丈夫そうなのはなぜなのか。結婚式を巡る諸々の事情は、誰かが世の中に作り上げた壮大なるマトリックスである。君たちは全員洗脳されている! 誰か、ネオ、このマトリックスを破るんだ!

披露宴マトリックス

この歳(26歳)になると友人の結婚式に呼ばれることが多くなるのだが、まああれほど憂鬱なものはない。君とは友人だし、君が結婚するのは本当におめでたいことなのだけれど、一日時間を潰されて祝儀を3万円も取られた上、聞きたくもない親へのスピーチだとかどうしようもない余興とかを見せられて、へとへとになって帰宅しなければいけない。その時間と金があればどれほどのことが出来るのだろう。

こういうことを書くと、「なら行かなければいいじゃないか」と言われるかもしれないが、大人の世界はそんなに甘くはない。以前友人の二次会をやむなく欠席したことがあるのだが、その事あるごとにと「あ、○○は二次会に来なかったもんね」というようなことを何度も言われ、非常に不快な思いをした。とはいえ、面白くない思いをしているのはあちらも同じで、私が二次会を欠席したことを「この人は私の二次会に来てくれなかった」=「本当の友達ではない」という風に頭の中で変換しているのだろう。

絶望的なのは、結婚式を巡る諸処が既にマトリックスのように我々の社会に根を下ろしてしまっていて、この強制システムから死ぬまで逃れられないことにある。我々は子供の頃から、「結婚したら披露宴二次会をやるのが当たり前」という価値観を、様々な情報洗脳される。漫画映画ドラマ、あるいは芸能ニュース、これらの場所では「結婚したら披露宴二次会をやるのが当たり前」という価値観が繰り返し繰り返し再生産され、実際に我々もそれらを行うことにより価値観を更に強固なものとする。「いやいや、私たちはやらなかったよ」という声をあげる人もいるだろうが、そういう声があがること自体、「披露宴二次会をやるのが当たり前」という社会的なコンセンサスがあることに裏づいたものだ。

そしてもうひとつの価値観披露宴二次会に誘っても来ない人は友達じゃない」というものが、このマトリックスを強化している。これは裏を返せば「私のために一日の時間を潰し、祝儀を払って祝ってくれる人こそが本当の友達」ということだ。つまりあれらは踏み絵のようなもので、行きたくない人であっても隠れキリシタン呼ばわりされて投獄されたくないので行かざるを得ないのだ。この恐ろしいシステムのおかげで、どれほどの無駄な時間と無駄な金が費やされたのか、想像するだに恐ろしい。

もう一度考えてみよう。結婚などというごく個人的な出来事を、友人皆が祝うべきなのか。幸せな我々を祝福するために、総員集合ーーー! などと号令をかけることが浅ましいことではないのか。披露宴とは何万円もの対価を払ってまで見るほどのものなのか、一日の時間を潰してまで行くほどの価値があるのか。友人関係は「私のためにこれだけ無駄なことをしてくれる」というような、踏み絵によって計られるものなのか。「結婚式」を欠席すると非人非扱いされるが、例えば「誕生会」を誰かがやったとして、それを欠席しても大丈夫そうなのはなぜなのか。結婚式を巡る諸々の事情は、誰かが世の中に作り上げた壮大なるマトリックスである。君たちは全員洗脳されている! 誰か、ネオ、このマトリックスを破るんだ!

2007-02-14

年齢踏み絵かもねー

anond:20070214223909

Shift + Del でカットしたら完璧

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年齢踏み絵、から外れる感もあるけど。私はこういう状態なのだが…

…これも年齢か。

Re [windows]Shift+Insertで「貼り付け」のショートカット

あー。

Windows 3.1の頃、ショートカットキーの一覧に出てくるのはShift+insでした。

Ctrl+Vが標準的になったのはWin95以降?

(はっ、これはひょっとして年齢踏み絵?)

2007-02-11

社会人になってから知った単語

特に「進捗」を読めなかったり、言われて鈍い反応をするような人は、社会人未経験か、業務を管理したことのない人だ、というような踏み絵

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