2021-09-03

パラリンピックを観戦していても盛り上がれない理由

コロナ禍での開催に反対だからとか、そうした政治的理由ではなく、観戦していても心から盛り上がれない自分がいることに気づく。オリンピックはそれなりに感動したし、楽しめたんだけどな・・・。どうしてなんだろう。パラリンピックも、見ていてすごい!とか、やった!とか、わくわくして興奮する場面はあるし感動することもあるんだけれど、どうしても心の奥に重い石のように沈む気持ちが残る。腕がないとか、足が動かせないとか、眼が見えないとか、パラ選手がその肉体の持てる力全てを出し切る姿に感動しつつも、日常生活は大変だろうなとか、どうしてそんな身体スポーツを始めたんだろうとか、不便だろうな、気の毒だなと思ってしまう。これもまたひとつ差別意識なのだろうか。結局、私はスポーツを見るときは、何も考えずに「すげー」「やったー」と感じていたいだけなのだろう。

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