シロクマ先生とかが使う「何者か」と、そういう若年世代的にnotableな「何者か」ってだいぶ違うような気がするんだよな〜
昔風の意味での「何者か」って、有象無象の無名な大衆じゃなく、何らかの分野では認知されてるひとかどの人物、みたいな感じでしょ。
で、昔はそういう風な存在になることが「自己肯定感」につながる、何者かにならないと自己肯定できない、という発想
(おれは錯誤だと思うし、たぶんシロクマ先生もそう思ってると思うけど)があったと。
今ってそういうのあんのかね? youtuberにならないと自己肯定できない、フォロワーが500人いないと自己肯定できない、
みたいな発想あんのかな?
みたいな曖昧な言葉流行ってるよね。 ものが売れない時代の新しいコンプレックス商法みたい。 はてなの人たちって非科学的なものに煩いのに、こういうのには弱いの面白いですね。 ...
最近の流行りというより、すごく古い言葉がリバイバルしてる感じがするなあ。 若い世代でもこういう概念に強く共感する人達って多いのかね。 俺はむしろ、地に足着いた「半径5mの充...
SNSで身近な他人のキラキラしてる姿を見せられて、YOUTUBEみたいに何者でもない馬鹿でも何者かになってるのを見ているから、「何者にもなれない自分」にコンプレックスを持ちやすいん...
シロクマ先生とかが使う「何者か」と、そういう若年世代的にnotableな「何者か」ってだいぶ違うような気がするんだよな〜 昔風の意味での「何者か」って、有象無象の無名な大衆じゃ...
肯定の数値化がしやすくなっただけで、若者の悩みも年寄りの悩みも本質的には昔と変わらない
サロン界隈の人がそういうのを煽ってるだけに見えますけどね。
強く共感されてるように見えるか?
見えないって書いてるのが読めないのか?w
じゃあ疑問を持つまでもないじゃん。
「表層的にそうは見えないけど、見えてるものが全てじゃないからどっちだろうな」ってのが読み取れないのかな?
昔から自己啓発だの自分探しだの多いだろ
ネット時代+コロナリモートで友達がいない増田たちは自己を定義づけしたり肯定するために必要になる最低限の人間関係すら維持できなくなっているのではないか? サシ飲み会には誘っ...