2017-07-20

帰途 : 田村隆一

言葉なんかおぼえるんじゃなかった

言葉のない世界

意味意味にならない世界に生きてたら

どんなによかったか


あなたが美しい言葉復讐されても

そいつは ぼくとは無関係

きみが静かな意味に血を流したところで

そいつ無関係


あなたのやさしい眼のなかにある涙

きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦

ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら

ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう


あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか

きみの一滴の血に この世界の夕暮れの

ふるえるような夕焼けのひびきがあるか


言葉なんかおぼえるんじゃなかった

日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで

ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる

ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる

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