他人を見下して精神の安定を保ってる可哀想な人という感想しか湧かない。
「常に周囲のものに監視されている」というのは、八百万だろうが一神教だろうが無神教だろうが存在すると思うけど。というか、そうでなければ社会というものは成立しない。
そもそも一神教と言ったところで、天使だの聖人だの預言者だのという、人を超えた者が多数存在するという要素があるから、聖職者や宗教学者はともかく、一般の信者的には多神教だろうが一神教だろうが、そのメンタリティに違いはない気もするが。
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