別段そのスカっとするをやめる必要はないんじゃね?
ただ、たとえばの話
・目の前で韓国人の青年が数人の日本人に殴る蹴るの暴行を受けていた。
状況下で「おい、やめとけよ」って言える(少なくとも思える)ってのは、普段「スカっとしてた」ってのとは別のルーチンでしょ。
普段すかっとしてても、その状況にたいしてNoといっちゃいけないわけじゃない。
そのバランス感覚でしょう。
・あるとき政府が「んじゃ、今回は韓国に1千億融資するよ」と決めたとする。
これは非常に「スカっとしない」ことだ。
でも、その背景や理屈を解説されたときに、「ああ、そういうことじゃ仕方ないっすね」と判断することは個人の裁量で出来る。
普段「スカっとしてた」からといって、必ずしもそこでだだっ子のように泣き叫ばなければいけない訳じゃない。
これらはレイシストかどうかと言う話じゃなくて、大人として自分の中のバランス感覚を成熟させられるかどうかと言うだけの話だよ。