早くここを出たい。
同僚や同期が難しい仕事をこなしているのに、自分はうまく仕事をこなせない。その為、うまく仕事をやっている同僚・同期に嫉妬したり、もしくは自分の不甲斐なさにヘコでいる人。
「仕事で大きな成果を残したい、難しい仕事を完遂してみたい」という“自分の理想”が、自分ではなく他人が達成しているため。なぜ思い描いた“理想”を自分ではなく他人が達成しているのか、ということに悔しさを覚える。そのためアイデンティティ・クライシスに陥る。その代償行為が外部に向かえば他人を嫉妬することとなり、自分に向かえば自分自身を精神的に責め立てることとなる。
他人の成功に対して、いちいち嫉妬したりヘコんだりすることは良くない、という前提でその対処方法を考える。
幼少のころ、親が何気なく言った一言「勉強はできたほうがいいよ」「そんなことも知らないの?」とか、学生時代に友達が何気なくいった一言「やっぱり、レベルの高い会社に入社してバリバリ働いて成果を出すのがいいよな」とかが、知らず知らずのうちに積み重なって“自分の理想”になっていないのかを確認してみよう。“自分の理想”だと思っていたことが、実は他人の価値観を節操無く取り込んできた結果で出来上がった可能性は十分にある。本当に自分自身がそれを“理想”だと本心から思っているのいるのかを、もう一度確認しよう。
それでもやはり自分自身が描いた“理想”に苦しめられている人へ。他人を嫉妬してまで達成したい程の“理想”なのか?自分を精神的に傷つけて追い込んでまで獲得すべき“理想”なのか?その“理想”はそれほど価値のある“理想”なのか?
「当たり前じゃないか!“理想”なんだから価値があるにきまってる」と即答した人に言いたい。“理想”といえど、成熟した理想と未熟な理想があるはず。自分が思い描いている“理想”は自分がまだ未熟なときに立てた“理想”ではないのか?成長した今ならまた別の“理想”を思い描く可能性はないのか?未熟な自分が未熟な見識と思考で気軽に立てただけの“理想”をいつの間にか絶対視してしまい、それに必要以上にとらわれているのではないか?
もう一度自分が考えている“理想”を見直そう。アップデートしよう。人生の中で一番成熟している今現在の自分こそ、最も信頼できる人間だからだ。その現在の自分が本当に大切だと思える“理想”こそ達成されるべき理想ではないのか?
http://anond.hatelabo.jp/20100903220334 (「シャドーボクシング」でうつ状態になる人へ )
えー、弱者をいたぶるのって楽しいじゃん。そんなこと言わずに一緒にいたぶろうぜ。
って前にも同じこと書いた気がするなw
まあこの場合弱者っていうのは抽象的すぎてひっかかるものを感じる。幼稚園で体の大きい子が小さい子をいじめてるみたいだしね。
知的弱者とか科学的思考法を理解できない人とか言ったほうがより正確じゃないかな。
で、そういう人について批判すること自体は何も問題ないと思うね。
そうじゃないと「一番バカなこと言った奴が優勝」ってことになるからな。
同僚や同期が難しい仕事をこなしているのに、自分はうまく仕事をこなせない。その為、うまく仕事をやっている同僚・同期に嫉妬したり、もしくは自分の不甲斐なさにヘコでいる人。
「仕事で大きな成果を残したい、難しい仕事を完遂してみたい」という“自分の理想”が、自分ではなく他人が達成しているため。なぜ思い描いた“理想”を自分ではなく他人が達成しているのか、ということに悔しさを覚える。そのためアイデンティティ・クライシスに陥る。その代償行為が外部に向かえば他人を嫉妬することとなり、自分に向かえば自分自身を精神的に責め立てることとなる。
他人の成功に対して、いちいち嫉妬したりヘコんだりすることは良くない、という前提でその対処方法を考える。
幼少のころ、親が何気なく言った一言「勉強はできたほうがいいよ」「そんなことも知らないの?」とか、学生時代に友達が何気なくいった一言「やっぱり、レベルの高い会社に入社してバリバリ働いて成果を出すのがいいよな」とかが、知らず知らずのうちに積み重なって“自分の理想”になっていないのかを確認してみよう。“自分の理想”だと思っていたことが、実は他人の価値観を節操無く取り込んできた結果で出来上がった可能性は十分にある。本当に自分自身がそれを“理想”だと本心から思っているのいるのかを、もう一度確認しよう。
それでもやはり自分自身が描いた“理想”に苦しめられている人へ。他人を嫉妬してまで達成したい程の“理想”なのか?自分を精神的に傷つけて追い込んでまで獲得すべき“理想”なのか?その“理想”はそれほど価値のある“理想”なのか?
「当たり前じゃないか!“理想”なんだから価値があるにきまってる」と即答した人に言いたい。“理想”といえど、成熟した理想と未熟な理想があるはず。自分が思い描いている“理想”は自分がまだ未熟なときに立てた“理想”ではないのか?成長した今ならまた別の“理想”を思い描く可能性はないのか?未熟な自分が未熟な見識と思考で気軽に立てたはずの“理想”をいつの間にか絶対視してしまい、それに必要以上にとらわれているのではないか?
もう一度自分が考えている“理想”を見直そう。アップデートしよう。人生の中で一番成熟している今現在の自分こそ、最も信頼できる人間だからだ。その現在の自分が本当に大切だと思える“理想”こそ達成されるべき理想ではないのか?
早くここを出たい。
私もあなたの幸せを願っています。
あなたのためという言葉はいついかなる時も美しくない
というのを思い出しました。
あなたのためって言葉を言われた時って、それおまえ自身のためだろって思うことが多かった。
髪が薄くなってきた。
美容師に頭の耳の後ろあたりを揉むと血行が良くなって、髪が丈夫になりますよと言われた。
久しぶりに友人に会ったら、髪増えた?と言われた。
1回だけでなく、複数の人から。
自分でも増えたと思う。これはうれしい。
自分も支援.
あんたの最初の発言にレスつけた奴って,柔軟性のある考え方ができないんだよ.
機械的なシステムじゃあるまいし,よく考えたら矛盾したような物事を内包しているのがこの世界.
戦争は悪いモノだ,っていう考え方があるとして.
その戦時中に多くの人が死んだという事実によって出会った男女がいて,そいつらが子供をつくって,そしてその子供の子供が自分だったり,自分の愛する人だったりするかもしれない.
戦争による結果すべてを否定するなら,そういう存在もすべて否定されることになって,そしたらいったい世界中のどれだけの人間が否定されちまうのか…
うまくたとえられてないかもしれないけど,そういうもんじゃないかと思ってる.
数年前、学生だったころにバイト先で部落地域に関する差別発言があり、相手をぶん殴りたくなりました(しなかったけど)。
母親だったら余計に怒りを覚えると思います。
あなたのお母さんが差別を行っていることはあなたにとって恥ずかしいことかもしれないけど、あなたには何の責任もないです。
あなたのお母さんのような「差別されている人に関わると差別されるのだからそういう人々に近づくな」という人が差別を作っています。
自分は関係ないかのように振る舞いつつ、その実、彼らを誰よりも差別しているのはそういう人々です。
一昔前まで(今もかも知れないけど)、お見合いで親は興信所を使って相手が部落出身ではないかを調べ、
就職では企業が部落地域をまとめた本を用いて部落出身ではないかを調べていました。
差別が理不尽なものと知っていながら、彼らはあなたのお母さんのように差別を繰り替えしていました。
あなたのお母さんは無関係な人ではなく、純然たる典型的な加害者です。
それからあなたのお母さんはあなたのことを確かに心配しているけれど、それは本当にあなたのためでしょうか。
私はあなたのためになっているとは思いません。
あなたのため、という言葉はいろいろなところで聞かれます。
それはときにただのフリで自分のための場合もあれば、心配から出たことばもあります。
善意から出たことばですから、“あなたのため”と言われると反論がしにくいのは事実です。
しかしそれが本当に“あなたのため”になるかは“あなた”が決めることです。
あなたは大人です。あなたがどうするかはあなたが決めることであり、そのことで不利益を被るのもあなたです。
あなたのお母さんは“あなたのため”という魔法の言葉を使っています。
あなたを心配して、というのも理解できます。
正直言って、あなたのお母さんは非常に胸糞悪いです。嫌悪感でいっぱいです。
悪く言えば、あなたは差別のだしにされています。
母親の悪口になりますが、あなたの母親は娘のために差別を擁護するエゴイストです。
“あなたのため”を受け入れるかどうか決定する権利はあなたにあります。嫌なことにNOという権利をあなたはもっています。
どうか、そのことについて考えてみてください。
最後に、
あなたのお母さんは差別をしていて、そのことを理解させるのは難しいと思います。
そのことをあなたが理解したことはとても素晴らしいことだと思いました。おめでとう。
関係ないけど あなた がゲシュタルト崩壊してきた
追記
何人かの方が、このエントリはあなたのためでなく自分のためだろ、という指摘であると書いていますが、それは正確ではありません。
うーん…