長文申し訳ない。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080108-00000002-yom-soci
事件の概要はご存知のとおりなので省略させてもらうが、審理の経過や判決について疑問を持つ人も多いと思う。
検察側は当初、訴因として「危険運転致死罪」をあげていた。これに対し裁判官は「業務上過失致死罪」について予備的訴因として追加せよと命じた。
訴因というのは、起訴状に記載されている、法律的に構成された犯罪事実の記載のことです。
【被告人は、いついつどこそこで、これこれのことをして、もってなんちゃら罪を犯したものである。】
みたいに記述されます。
わが国の刑事訴訟では、この訴因の事実について本当に存在したのかを当事者(弁護側・検察官)が主張立証し、それについて裁判官が判断することになります。
この訴因の効用については、審判対象の確定ということが挙げられます。
つまり、訴因以外について判断しないので、被告人が思いもしない理由で罰せられることがなくなるのです。
たとえば殺人だと思っていたのに、強盗罪が成立、なんて言われると、たとえば盗んでいないという弁解をする機会が保障されません。
そうすると、原則的には、訴因の事実がなかったことが証明されれば無罪となるはずです。
でもそうすると、あまりに硬直的になるので、他の罰条が適用されることを慮って、訴因を追加することを認めています。
今回は予備的に追加しています。主位的な訴因が認定されなかったときに初めて審理・認定されるのが予備的訴因です。
現実に行われた犯行という事実はただひとつなのに、別な事実を認定するのは、ちょっと奇異に写るかもしれませんが、
いくつも法律構成が可能な法律論ならではの制度とご理解いただきたいと思います。
ところで、通常は、訴訟でなにを構成し主張するかは当事者にまかされているのですが、任せっぱなしにすると不当なことが起こりうるので、たまに裁判所が介入します。
今回も、検察官が訴因に挙げていなかったという理由だけで無罪になる可能性があるので、裁判所があせって追加させた、というわけです。
どちらも自動車による事故で問題となる罪ですが、大きく違う点があります。
それは、前者が故意犯であるのに対して、後者が過失犯であるということです。
これは大きな違いで、実は包含関係(傷害と暴行)だったり似たような犯罪(業務上過失致死と重過失致死)だったりであれば
さっきの訴因追加などは必要なかったりしますが、本件では必要とされているのはそういうわけなんです。
しかし、意思なんてものは本人の主観ですから、他人がどうこうするのは難しいです。
こういう行為をするのは分かってやってるからだ、なんていう事実を積み重ねて行く必要があります。
一方、過失犯には、「あ、こりゃやばいな」くらいのことを思っていることが証明されればよく、
その判断も一般人視点なので、酒気帯びなんかだと簡単に認定できます。
するってえと、危険運転致死罪が適用されるのはかなり難しいということになります。
本件でも立証がうまくいかなかったのでしょう。
なんでこんなウンコみたいな法律になっているかというと、あまり知られていませんが、危険運転致死罪はイギリスのそれを丸パクリしているからです。
イギリスでも似たような事件があって適用されず、ウンコウンコ言われているらしいのになんで丸パクリするかな・・・。
条文(刑法208条の2)を見ても、確かに英文直訳調です。これはひとえに立法府を責めるしかない。
なお、最近、自動車運転過失致死罪(7年以下の懲役)ってのが出来ましたが、遡及処罰になるので本件では適用され得ません。
適用されたとしても、後述するように高々10年半までしか刑を科せません。
なにやらこの被告人、アルコール濃度を糊塗するためにペットボトルで水をがぶ飲みしてから自首したとか。
「証拠隠滅してる!証拠隠滅罪だ!」と思われるかも知れません。
しかし、刑法上、証拠隠滅罪は「他人の刑事事件に関する証拠」についてのみ限定して処罰しています。
なぜかって?
子供の頃、悪いことをして親にバレそうになったときにはめちゃくちゃな嘘をついたことがありませんか。
それと同じで、犯人が証拠隠滅することは不可避で、それをいちいち取り上げていたらどうしようもないっていうことなんです。
もちろん、罪として成立しないだけで、量刑には考慮されるでしょうし、
本件では、アルコール濃度についてももう少し上だったと認定することも可能ではあります(しませんでしたが)。
業務上過失致死(傷)罪が被害者の分だけ成立し、これはひとつの行為で起こした複数の罪です(観念的競合といいますが、どうでもいいです)。
これだけだと、最も重い罪の刑で処断します(この場合、業務上過失致死の5年以下)。
しかし、酒気帯び運転・轢き逃げ(道交法違反)についても訴因にあげ、成立しています。
このように、別の行為で罪が成立している場合を併合罪と呼び、最も重い罪の長期の1.5倍まで科すことが出来ます。
判決は懲役7年6月(ろくげつと読みます)で、これは、業務上過失致死罪を併合罪処理をして最大の刑期です。
一概に被害者への配慮を欠いたものとは言えないという評価もあります。
確かに法定刑マックスまで行くのは珍しいですし、もし故意が認定出来なかったのだとすればギリギリのところなんだとは思います。
あとは立法論、つまり法律が不備であったので整備すべきということです。
法解釈学においては、「ドッギャーン!立法論に逃げることは敗北を意味するッ!」なのですが、どうしようもないんじゃないでしょうか。
最近同様の事例で、やはり地裁で業務上過失致死罪を訴因追加させてそれを成立させた事件の控訴審で、
これをひっくり返して、危険運転致死罪を認めた判決がありました。
是非この線で行って欲しいですね。
ワイドショーみたいなのりの煽りニュースをみてておもったんだけど、 この車には同乗者がいたんでしょ? 共犯でいいんじゃないの? 水もってきたやつも共犯でいいんじゃないの? な...
道義的には考えて欲しい。 でもそれを他人、社会が強制することは違うと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20080109093712 いや、どっちも過失犯だし。 危険運転致死罪は、過失致死罪・業務上過失致死罪を規定している編ではなく、(故意)傷害罪を規定している編に編入され...
それは、前者が故意犯であるのに対して、後者が過失犯であるということです。 いや、どっちも過失犯だし。 あと、水飲む行為は証拠隠滅罪に当たるのかってのもかなり微妙な問題...
福岡飲酒運転事件について書いたのがそこそこ好評だったので、調子に乗ってシリーズ化してみる。 今日の題材は「『訴えてやる』って民事?刑事?」 よくテレビで取り上げられる「訴...
第一回 第二回 恥ずかしいタイトルを付けて、また性懲りもなく長文を垂れ流し。第三回もあったらいいね。 棄却と却下 よく民事裁判のニュースなんかを見ていると、 「請求が棄却さ...
第一回 第二回 第三回 コンセプトは、ニュースなんかで裁判の話が出たときに、そのことをきちんと理解して、 その内容を適切に評価する能力の涵養、です。 控訴?上告? よく、誰...
裁判リテラシー講座を書いてる者ですが、ちょっと気になるニュースが飛び込んできたので言及。 http://blog.piapro.jp/2008/01/post-15.html これによると、ニコニコ動画に、初音ミクに猥歌を歌わ...
裁判リテラシー講座を書いてた者です。 グリーンピース・ジャパンという環境保護団体が、西濃運輸の配達中の荷物を無断で抜き取ったのが話題になっています。 この行為には何罪が成...
とりあえず、 人の自転車を無断で借りる行為は窃盗にならないのか。しらなかった。
私見。 現行犯で捕まえた場合は警察に突き出せるけど、 持ち主の知らぬ間に持ってかれて、知らぬ間に返却されたら 「気が付かなかった持ち主にも落ち度がある。そして窃盗犯も返却し...
あれは一般論なので、もちろんケースによるといえます。 自転車の事例では大正9年に、自転車利用窃盗について、一時使用の意思があるにとどまるので窃盗罪が成立しないとしたものが...
法的構成とは関係なく、あの行為が常識的に考えて悪事だと判断された時点で、グリーンピースとしては負け。ただ海外の反応は知らん。
海外旅行に行くと、引ったくりなどの窃盗は“あるものだ、そして品物は返ってこないものだ”と認識するように、 と旅行会社も大使館も釘を刺している国が多いからな。 窃盗なんて日...
第一回 第二回 第三回 第四回 コンセプトは、ニュースなんかで裁判の話が出たときに、そのことをきちんと理解して、 その内容を適切に評価する能力の涵養、です。 今回は前回の続...
第一回 第二回 第三回 第四回 第五回 コンセプトは、ニュースなんかで裁判の話が出たときに、そのことをきちんと理解して、 その内容を適切に評価する能力の涵養、です。回を追...
第一回 第二回 第三回 第四回 第五回 第六回 番外その1 番外その2 コンセプトは、ニュースなんかで裁判の話が出たときに、そのことをきちんと理解して、 その内容を適切に...
誤解させてしまったようで申し訳ないです。 親の注意義務を怠っていると判決文に書いてあるのに、 「これは親が悪い」という反応ばかりなことに対して、 一般的な法意識が薄いと感じ...
なるほど、誤読してしまい、あげつらうような書き方をして、こちらこそすいません。 テクニカルな判決、司法の政策形成機能には懐疑的です。 事実上、裁判所の判断が立法や政策を...
なるほど、勉強になりました。 まず「テクニカル」という語用につきましてはこちらも安易に 使い過ぎていたと思います。訂正いたします。 政策形成は、どういう形であれ結果的に社...
第一回 第二回 第三回 第四回 第五回 第六回 番外その1 番外その2 番外その3 秋葉原の事件や違憲判決など、書きたいことはいっぱいあるんですが、書きためていたもの...
第一回 第二回 第三回 第四回 第五回 第六回 番外その1 番外その2 番外その3 秋葉原の事件や違憲判決など、書きたいことはいっぱいあるんですが、書きためていたもの...