コンセプトは、ニュースなんかで裁判の話が出たときに、そのことをきちんと理解して、
その内容を適切に評価する能力の涵養、です。回を追うたびに長文化してすいません。
今回は「証明責任」を取り上げます。「証明責任」というと、法律とは関係のない議論でも使われますね。
「大虐殺がなかったというのは、否定派が証明責任を負うはずだ」「いやいやそんなのは悪魔の証明だ」なんつって。
また、「証明責任」とか「立証責任」とか「挙証責任」とか「主張責任」とか、なにが違うのかよく分かりません。
ここでは、「証明」の概念について簡単に触れてから、これらについて説明したいと思います。
裁判では、当事者が証拠を提出しお互いに事実を主張立証して、権利を(民事)、無罪・有罪を(刑事)得ようとします。
そして、証拠により証明された事実を元に裁判所は判断することになります。
では、証明ありとされて事実があったとされるのはどういう場合でしょう。
法は自由心証主義を定めています。裁判官の心証、つまり理性を信頼して、それに頼っているのです。
かつては法定証拠主義といい、たとえば二人以上の目撃証言があれば有罪、などとしていましたが、
いきおい虚偽な証言や拷問が入り込んでしまったという経緯があるのでこのようになっています。
裁判官の理性のみに頼っていると聞くと、「だからアレな判決が出るのだ」などと思われるかも知れません。
しかしながら、我が国では裁判官にはハードなキャリア制をしいていますし、
前例の積み重ねに頼る面もあり、アレな判決は上訴審でも争えることを考えればこの批判は当たりません。
このように理性のみで証明ありなしを判断しているのですが、民事と刑事ではその意識レベルに差異があります。
刑事では、憲法の要請である適正手続を図る必要があるので「合理的な疑いを容れない程度」の証明が必要です(例外もあります)。
感覚で言えば9割かそれ以上あると確信している状態でしょうか。(このような割合を証明度といいます)
一方、民事ではそのようなものは働かないので、7??8割くらいの証明度でよい。
裁判官の経験が培ったカンを、証明度などと客観的に推し量れるものではないのですが、観念的にはこうなります。
刑事では無罪(あるいは起訴を断念)とされたのに、民事では損害賠償が認められた、なんていうことがよく起こります。
これは、まさにこの証明度の差がもたらすものと言えるでしょう。山形マットいじめ事件でも同様なことになっています。
ともかく、証明ありとされれば、事実を認定し、証明なしとされれば事実を認定しないのが裁判所の取り扱いです。
では、証明ありかなしかはっきりしない場合(真偽不明、ラテン語でノンリケットという)はどうなるでしょうか。
「どっちにも認定できないので裁判官は何も判断しません^^」というのもひとつの手ではあります。
しかし実際の事件で、確実に認定できる事実なんてさほどないわけで(全部出来るのは神様だけ)、この手は非現実的に過ぎます。
そこで、現行法では、「証明責任」という概念を導入しています。
「ある事実が真偽不明となった場合に、判決においてその事実がないことにされるという当事者の不利益」です。
要するに、真偽不明となった場合には、一方の当事者にその事実なしという不利益を押しつけてしまおうというものです。
ここで、「証明責任」というと、なにやら「証明しなければならない責任」という風に読み取るのが自然な感じがします。
ですが、「証明責任」を負った当事者、つまり真偽不明のときに不利益を受ける当事者は、別に法が証明を義務付けているわけではありません。
ただ、不利益を被ることによって威嚇して、証明をがんばらせようと仕向けているだけです。
証明しなくてもいいが、自己責任で。ってやつです。
で、問題となるのが、どちらの当事者に証明責任、つまり不利益を押しつけるか。
一応証拠を提出したのに証明なしと同じ効果をもたらすというのですから、押しつけられた方はたまったもんじゃありません。
どのように折り合いをつけているか、まずは刑事の場合をお話ししましょう。
刑事の場合は、どこかで聞いたことがあるかも知れませんが、「疑わしきは被告人の利益に」という原則があります。
(「疑わしきは罰せず」と言われることもありますが、より広く、「被告人の利益に」とするのが正確です。)
真偽不明はまさに「疑わしき」に該当しますので、被告人の利益に、つまり検察官の不利益になります。
例外として話の種になりそうなのは、児童福祉法60条3項における不知に関する無過失の証明があります。
平たく言うと、児童とエッチ行為した人が「児童とは知らなかったんです><;過失はないんです><;」という証明です。
ここでも被告人の利益になっちゃったとしたら、言ったモン勝ちになってしまいますよねえ。ということで例外にされています。
続いて民事の場合。
民事では、刑事のような大原則があるわけではないので、様々な説が唱えられています。
通説的な見解で、実務上も基本的にこれによると見られる説が、「法律要件分類説」です。
これは、法律にどう定められているかで判断するものです。
基本的に法律は次のように定められています。つまり、
「権利の発生については、それを主張する者が証明責任を負う。
権利の障害・消滅・阻止については、権利の存在を否定する側が証明責任を負う。というものです。」
たとえば、売買代金を請求する原告は、売買契約の発生について証明責任を負います。
一方で、これに対しすでに払ったと主張する被告は、すでに払ったこと(弁済)について証明責任を負う、というわけです。
また、よく法律にある「但し書き」については、権利を障害するものなので、本文の証明責任を負わない方の当事者が負うことになったりします。
この考え方は、硬直的に過ぎて、たまに不都合なことがあったりします。
なので、法自体が、あるいは解釈によって、証明責任を転換する場合があります。
こっちに証拠が全くなくて相手方に証拠がある場合には相手方に負わせてもいいですよね。
また、消極的事実の立証を求める「悪魔の証明」となってしまう場合には、基本的には存在を主張する者が証明すべきです。
このように、立証の難易度に応じて証明責任を分配する説を「実質的分配説」と言います。
実務ではこの考え方を補充的に用いています(たとえば準消費貸借契約における原契約の成立について)。
ここらへんの話は、「大虐殺がわーきゃー」という議論にも応用できるかも知れませんね。
では主張責任とはなんでしょうか。
「ある事実が訴訟に上程されない場合に、判決においてその事実がないことにされるという当事者の不利益」です。
裁判所では、当事者の言わないことはなにも判断しないのが原則なので、こうなります。
これを弁論主義といいます。裁判官はどちらの味方にも立たず、あくまでジャッジとしての役割しかしないということですね。
ここでよく考えてみると、「証明責任」に包摂されていることに気づきます。
つまり、ある事実があると主張する者は、その事実について証明ありとしなければならない(証明責任)んだから、
当然にある事実を訴訟に上程しなければならない(主張責任)ってことです。
このように、民事では完全に一致します。
刑事においては、例外が発生します。
たとえば、正当防衛があったということは、被告人が主張すべきです。
なぜなら、検察官に毎回、「正当防衛ではない」「緊急避難ではない」などという主張を強いるのは負担が大きすぎるからです。
もちろん、正当防衛が明々白々な場合は検察官がその不存在を主張すべきでしょうが、そもそも起訴されないと思います。
裁判では、裁判官の理性により、証明ありなしを判断する(自由心証主義)。
刑事では適正手続の要請から証明度が高く、民事と判断が分かれる場合もありうる。
証明責任は、証明する義務ではなく、証明出来なかった場合に負う不利益(が誰に行くか)。
刑事では「疑わしきは被告人の利益に」から原則検察官が負う。民事では法律の趣旨をベースに立証の難易で修正。
なお、上では「証明責任」と「主張責任」の語しか使いませんでしたが、実は用語についてはこのようにごちゃごちゃしてます。
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