2015-02-16

ヨコハマ

 兄さん、僕はヨコハマに行きたいんだ。

と、僕が言うと、彼は言った。

けれどお前には左手がないじゃないか。

そんなんではヨコハマに行っても一人じゃ飯も食えまい。

確かにそうだった。

その時僕には左腕がなかった。

から先がないのである

おとついの晩、僕は左手の袖をまくりあげて海岸を歩いていた。

どうしてその時、僕はそんなことをしてしまったのだろうか。

そんなことをしたら、海岸では腕がなくなってしまう。

最近ニュースで何度か見ていたのに、

僕は完全に忘れてしまっていた。

でも僕は行きたいんだ。

と言うと、

これを使え

と言いながら兄さんは

太った小男を僕にさしだした。

こんなものをどうしたらよいのだい

付ければよいじゃないか。

これは肩からうまいこと付けると左腕にもなるんだ。

君が生まれてくる前、死んだおじいちゃんも良くやっていたよ。

コツはキュウリを食べさせてやることだ。

といって、兄さんはこの前お母さんが買ってきた冷蔵庫から

キュウリを出し、リュックに押し込んだ。

それにしても、なんで母さんはこんな冷蔵庫を買ってしまったのだろうか。

これでは、役所の人に目をつけられてしまうじゃないか。

そうなってしまえば、僕は人より高い税金を払わなければならないじゃない。

まったくどうしようと言うんだ。

ただでさえ生活は苦しいというのに。

どうかそのわけを、ヨコハマに行ったら聞いて来ておくれ。

と兄さんは言って息を引き取った。

僕はその様子を見ながらキュウリ味噌に付けて食べていた。

もちろん右手で食べた。

しかにうちの冷蔵庫は赤い。

この地方では、赤い冷蔵庫は禁止されていた。

ばれたらまずかった。

どうしよう、僕はこれから一人で生きていかなければならないじゃないか。

兄さんのバカ野郎

僕の目から涙があふれ出した。

そうだ、この涙を水筒にためて、

水分補給のためにとっておこう。

水分補給大事だ。

涙を水筒に入れるのは難しかった。

僕はコツを探した。

キュウリがミソ、なんてね。

というと、左手の肩に接着した小男がけらけらと笑いだした。

やめてくれ。 と僕は言った。

本当にやめてくれ。僕は君みたいな見てくれの悪い奴に笑われるのが大嫌いなんだ。

僕は小男の頭をつかんで、強く引っ張った。

から抜けた小男は部屋の隅に転げて行くと、すぐに立ち上がって玄関から走り去って行った。

どうしよう、僕はまた左手を失ってしまった。

これではヨコハマに行けない。

行けないじゃないか。

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