2009-08-20

国立大学職員が天下りについて考えた。

自分なりに考えてみた。

この場合の天下りっていうのには,部課長級の人事異動みたいに他大学から転出してくる人も含む。

生え抜き自分ポストが「課長」で頭打ちになる。

つまり,どれだけ目先の事に打ち込んでいても,出世のためには,本省の役人にならないといけないのだ。

・上は自分の事しか考えない。

課長以上は原則,本省のお役人さん達だ。彼らは2年間で入れ替わる。

いろいろな所を渡ることで見識を広げ,人間として尊敬できる人もいるが,ただ,単に派手好きな人もいる。

派手好きにあたるとその人は自分ができる目立つ事しかしない。

そして,その派手は3年目には無くなるか,もっと悪ければ,継続され新たな派手がはじまっていく。

また無気力な人もいる。無気力だから何も進まない。

・別に専門家ではない。

天下りで来る人は,別に大学の事を知っているわけではない。

生涯教育や,小学校教育の人も来る。

そんな人は2年間かけて大学の事を勉強しているに過ぎない。

多機能,細分化が進む大学事務においては,そんな人はお荷物でしかないが,その人が上役だ。

アイデンティティの問題

国立大学独法化し,会計規準として,通常の独法とも違う国立大学会計規準が適用され,各大学は自立(律)性を求められ,競争状態におかれた。

そのため,各大学必然的に旧来の帝大を頂点としたピラミッド型から,なんかよくわからない格差社会におかれている。

本省は,都合の良いときは従来通りの出先機関扱いし,都合の悪いときは各大学の判断って言う。

その中で,各大学ブランド価値を高め,自分達の大学の売りは何か必死(なふり)になっている。

自分達って何よ?みたいなことをもがいている。

もがいていて,うまくいっていないとこで,事情の知らない天下りの人が来る。

で,派手だったり,無気力でなにかを行う。

事務がうんざりする,そんな事務に付き合う先生うんざりする。

やる気ある先生はどっかにいってしまう。

歴史ある大学も無い大学も「組織愛」が育まれる事がないので,停滞していく。

いらんな,文部科学省

  • 何で官僚が腐るかっていうと、政策スタッフ的な能力の行き場がないんだよね。アメリカみたいに民間シンクタンクと行政スタッフの間で普通にぐるぐる人材が回るようにしとけば、霞...

  • 国立大学だから、公務員だから、と特別なことのように書かれているけれど、 そんなの親会社子会社のある会社ではよくある話。 子会社の社長は親会社から決められ、任期も親会社次第...

  • いつの時代の話よw 昔のあるあるネタではあるけど、いまもそういう運用かというと疑問がある。 ただ、古い人ほど、どの種で入省したかの昇進制限を意識してる・せざるを得ないし、...

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